千葉にワイナリーをつくろう! 山本ぶどう園&ごはんクリエイト「シェフたちの休日」を訪ねて

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千葉にワイナリーをつくろう! 山本ぶどう園&ごはんクリエイトによる食のイベント「シェフたちの休日」を訪ねて

千葉県八街市に総面積1haの小さなブドウ農園があります。
実家の畑を引き継いだ山本博幸さんが、10年前にブドウの苗木を植えたのが始まりでした。
「この千葉でワイナリーをつくりたい」。
そんな山本さんの夢を聞き、魅了されたのが野口麻衣さんでした。同じ千葉県で飲食店を経営する「ごはんクリエイト」の女将さんです。

そして2019年の11月。
千葉の食材で作ったおいしい料理を山本さんのブドウ園で食べながら、翌年の豊作を願う、そんなイベントをやろう。
地元の生産者さんやレストラン仲間も呼んで、人を繋ぎ、千葉の食を盛り上げよう。
そんな麻衣さんの呼びかけで、食の野外イベント、題して「シェフたちの休日」が開かれることになりました。

日本の食文化が向き合うさまざまな課題に対して、このイベントには明確な一つのテーマがあります。
それは、食を地域でリレーすること。

果たして、千葉にワイナリーはできるのか?
イベント会場を訪ね、取材してきました。

(取材日は2019年11月18日。いろいろあり公開まで1年が経ってしまいました…! 読んでいただけたら嬉しいです)

千葉にワイナリー!?

山本ぶどう園の畑
山本ぶどう園の畑

かれこれ6年ほど前のこと。
山本さんと「ごはんクリエイト」を引き合わせたのは、地元のお酒の販売会社「いまでや」さんだった。
そのとき、麻衣さんいわく、「山本さんが壮大な夢を語ってくれた」のだという。

ここ千葉で、ワイナリーをつくりたい。

「すごくテンションがあがったのを憶えています」と麻衣さんは話す。
「今は日本でもいろんなところで美味しいワインは造られてるんですけど、それでもワインっていうと、そのほとんどは海外産で、生産者さんや生産地と繋がるっていうのはなかなかないと思うんです。それが、家の食卓や自分たちの飲食店のテーブルに千葉産のワインが並んで、それを知ってる生産者さんの食材と一緒に楽しめる。私、すごい素敵だなと思って。なので、テンションがあがったんです」

今回のイベントを企画した野口麻衣さん。
ごはんクリエイトの女将であり、ソムリエでもある。
今回のイベントを企画した野口麻衣さん。
ごはんクリエイトの女将であり、ソムリエでもある。

山本さんのこの構想を「壮大な夢」と感じるのは、小規模経営の一農家さんがワイナリーを立ち上げるというのもそうだが、千葉という地域にワイナリーのイメージがないこととも関係している。
本当に千葉にワイナリーをつくるというのは、現実的な話なのだろうか?

実は、千葉県には一つだけワイナリーが存在している。横芝光町にある斎藤ぶどう園さんだ。1938年からワイン醸造を続けている老舗である。

「そうなんですよ、斎藤ぶどう園さんがあったんでそれが心の支えになって、俺も千葉でやってみようって思ったんです」と山本さんは言います、「やっぱり一社だけじゃもったいないっていうか。何軒もあったほうがお客さんも楽しめるでしょうし。だからもう一軒つくっても面白いんじゃないかなっていうのはありましたよね。千葉でワイン文化を盛り上げていこうって」

山本博幸さん。千葉県八街市でワイナリーをつくろうと今、動いている。
山本博幸さん。千葉県八街市でワイナリーをつくろうと今、動いている。

ブドウ園をつくるのは大変…!

千葉県は比較的雨が多い県といわれる。
しかしそれはおもに南房総の話で、ここ八街の年間平均降雨量は約1600mm、日本の平均よりやや少ない。さらに年間を通して風が吹き抜ける地域である。つまり、決してワイン用ブドウをつくるのに不向きな土地ではない。

そうはいってもここまでの道のりは、苦労の連続だった。
山本さんが祖父母の代からの畑を引き継ぎ、農家に転身したのは35歳のとき。
そのまま普通に野菜づくりをしていてもよかったのだが、ちょうどそのころ子どもが生まれたこともあり、「やるんだったら夢があったほうがいいんじゃないか。次の世代にも引き継いでいける仕組みをなんとか作ろう」と思い、2010年に最初のブドウの苗を植えた。

山本博幸さん。千葉県八街市でワイナリーをつくろうと今、動いている。

そこから少しずつ、野菜畑をワイン用品種を育てるブドウ園へと変えていった。

「千葉って食材が豊富で、海の幸も山の幸もたくさんありますし、日本酒もありますし。あとはワインだけが足りないんじゃないかっていうところで、そこを担えたらっていう思いで始めたんですけど」と山本さん、「これが始めてみたらすごい大変で。時間のかかる事業だなっていうのが身に沁みてわかってきまして」

3年目に入ったとき、果実や枝や葉に黒い点が発生して生育を妨げる「黒とう病」が広がり、一つの畑が全面的にやられる被害を受けた。木を切り戻し、せっかくこれまで育ってきたものがやり直しとなった。

ようやく最初のワインができたのは、苗を植え始めてから4年後の2014年。その4年の間は、野菜も並行してつくったりバイトもしたりして「何とか生活を凌いでた」状態だったという。

山本さんのブドウでつくったワイン「vent vin vineyard」
山本さんのブドウでつくったワイン「vent vin vineyard」

きわめつけは2019年の9月5日だった。まさに、今回のイベントの2ヶ月前のことだ。
もうあと数週間で収穫というときに、台風15号が房総半島を直撃したのである。
台風が過ぎ去った後の畑は、惨憺たるありさまだった。ブドウの7割が房ごと落ちてしまった。樹は倒され、葉は千切られていた。赤ワイン用品種「マスカットベリーA」に至っては、想定された収穫量3,000kgに対し、わずか440kg。実に85%を失う被害となった。

さらに追い討ちをかけるように、傷ついたブドウに反応したスズメバチが群来してきた。危険な環境では外部の人手を入れることもできず、復旧作業は大幅に遅れることになった。
ブドウ農園を始めて10年、最大の被害だった。

それでも今日までブドウ栽培を10年続け、そのブドウをワインとして商品化すること6期の実績を積み重ねてきた。

イベントで撒く未来のタネ

収穫の終わったブドウ園に、大きなテントが張られる。そこへ三々五々、人が集まって来た。

「シェフたちの休日」が始まった。
受付を済ませた人からグラスを手に、さっそく山本さんのブドウでつくったワインを飲み始める。

ブドウ園に設置された大きなテント
ブドウ園に設置された大きなテント

40人ほどが集まった。
そのうちの多くは、千葉県内で食に関わる仕事をしている人たち。
それ以外の人たちも、みんな何らかの関係で繋がっている人たちだ。

「いまでやさんも山翠舎さんと繋がってて、あと、あうん(東金市の居酒屋)の2人、THE COFFEE(木更津市のコーヒー屋)の近井さんも。ここにいるみなさんが知り合いだったりするんですけど、これって、無意識にみなさんが大切に思ってることや好きなもの、そういう感覚に、どこか共通の部分があるんじゃないかな」と麻衣さんは話す。
「私、夢って、その人のやりたいことだと思うんですよ。私が山本さんのワイナリーの夢を聞いた時にワクワクしたように、やりたいことを話していると、共感してくれる人が現れる。その共感してくれる人の中から、今度は応援してくれる人とかパートナーが現れてくる。今日はこの輪の中でさらにみんなが知り合って、共感が畑のように繋がっていったらいいなあって。そうやって未来のタネを撒けたらいいなあって思ってるんです」

ここに集まった人たちの大半が、山本さん同様、今回の台風15号で大きな被害を受け、その最中での参加だった。

もともとはこのイベント、ブドウが実った10月の畑、収穫祭として開催する予定だった。
ところが開催の直前に台風が襲い、それどころではなくなってしまった。
それでも「何か力になれることはないか」ということで、果実も葉っぱもついていない幹枝だけのブドウ樹畑の中ではあるものの、今季のクロージングとしてのイベントを開くことにした。

イベントの企画者であり主催者である「ごはんクリエイト」も、今回の台風の影響は大きく受けていた。住居が損壊したスタッフも何人かいる。そして台風から2ヶ月が経ったこのときも街全体の自粛ムードは続き、飲食店へ向かう客足の影響も相変わらず続いていた。
そんな状況下でも、「シェフたちの休日」は開かれ、40人もの仲間が集まったのである。

THE COFFEEの近井さんや
THE COFFEEの近井さんや
ワンドロップファームの豊増さん
ワンドロップファームの豊増さん
紋七(茂原市)の林さん、
紋七(茂原市)の林さん、
うおべえ(木更津市)の熊谷さん、
うおべえ(木更津市)の熊谷さん、
ほかにもたくさんの方たち、
ほかにもたくさんの方たち、
そして山翠舎の山上夫妻と長男くんも
そして山翠舎の山上夫妻と長男くんも

人と経済を繋ぐ料理の数々

始まりの挨拶に続いて、みんなで乾杯。宴が始まった。

ワインを飲みながら、テント下の野外テーブルには、山翠舎が用意した古木のプレート、その上には竹皮の弁当箱がのっている。弁当には、ごはんクリエイトがこの日のために準備した、千葉の食材で作った料理が並んでいる。

竹皮の弁当箱がのっている。弁当には、ごはんクリエイトがこの日のために準備した、千葉の食材で作った料理が並んでいる。
山翠舎が用意した古木を椅子に(持ち帰りたい人はイベント後にテイクフリー!)。
山翠舎が用意した古木を椅子に(持ち帰りたい人はイベント後にテイクフリー!)。

JBKファーム(木更津市)のブロッコリー。漁師工房の拓さん(いすみ市)が神経じめした真鯛と、FARM YARDいしのさん(いすみ市)のトマトを使ったカルパッチョ。魚のアラなど端材を使ったフィレオフィッシュバーガー。猟師工房(君津市)の鹿を使ったすき煮。袖ケ浦市の農家さんの根菜を、ワンドロップファーム(市原市)の蜂蜜で漬けたもの。そこに島村さん(袖ケ浦市)のハーブを添えて。木更津の恵みポーク(木更津市)のヒレのチリソース。耕す(木更津市)の平飼い卵、きのこ村(袖ヶ浦市)のしいたけ、などなど。

参加者のみんなが何らかの繋がりを持つ、生産者さんたちの食材でできたお弁当だ。

そしてメインディッシュは、塙牧場(銚子市)の八千代黒牛のサーロインを使ったローストビーフと、漁師工房の拓さんから届いた真鯛に、いんどう・ウォーター・ファーム(木更津市)のグレープトマトなどをあしらったアヒージョ。

八千代黒牛のサーロインをローストビーフに
お好みのソースをつけて食べる。
真鯛と地元野菜たっぷりのアヒージョ
パン屋「クロワッサン」(木更津市)の無添加のバゲットを添えて。

弁当箱のセレクトから、それぞれの料理メニュー、各料理をおつまみ的に並べた前菜盛りのような演出、そして当日の人員配置とスタッフ連携の設定まで、すべてこのイベントだけのために、ごはんクリエイトのみんなが用意し、作り出したものだった。

ごはんクリエイトの代表、野口利一さんは話す。
「生産者と飲食店が繋がるっていうのが、すごく重要なことだと思ってて。やっぱり生産の場を見てワインを語るのと、何も知らずに知識的に喋るのとでは意味合いが変わってきますよね。だからそこを繋ぐのと、あとはお客様。今回はお客様も実際ここにいらっしゃるんですけど、こういう生産の場を見たら、じゃあ山本さんのブドウで造ったワインはどこで飲めるの? こういうレストランだよ、っていうことになる。そこには必ず共感があると思うんですよ。その共感が繋がっていくと、小さい経済が回っていく。だからその経済を結着させる、そういう場を提供するのが僕らの仕事なのかなあと」

0地点から

麻衣さんには、このイベントを自ら企画して開催したことで、見えたことがあると言う。
「私たちが大事にしているのは、こういうことにチャレンジし表現し続けていくこと。ただイベント楽しいよね? で終わらせるんではなく、私たちはこういったスピリットを大切にしているチームなんだ」と。

台風で大変な状況のなか、なぜ40人というたくさんの人たちが、わざわざあの場所に集まったのだろうか。
そして会場では山本さんだけでなく、参加者のみんながマイクを回し合い、それぞれの夢や気持ちを全員の前で語っていた。

麻衣さんは、その日のことを振り返って話す。
「ほんと、0だったんです。目の前の葡萄は実も葉もなく全てを削ぎ落とした状態で、トイレもなかったし、寒かったし、なんにもなかった。そのなんにもない場所にあんなに人が集まったのは、いろんな人の想いがあったからだと思うんです。想いに共感した人たちが、あの場所に集ったんだと思います。応援している人。頑張っている人。応援される人。夢見ている人。みんなが元気をもらいにきていたんだと思います」、そして、「このイベントで山本さんの0地点の畑にいた人たちは、何年か後、山本さんのワイナリーができたとき、そこに爆発的なエネルギーを感じるんじゃないでしょうか。そういうことを経験を通して感じることで、それがまた次の応援に繋がっていくんだと思います」。

醸造開始に向けて

台風被害で大幅な収穫減となった以上、山本さんにとって今季は厳しい一年となることは決まった。第7期として造ることができるワインも本数は限られることになった。
これは大きなダメージには違いない。

それでもワイナリー立ち上げに向けて、こうした事態も織り込みながら「なんでも続けることに意味があるんでしょうし、続けていかなくちゃいけないっていうのがあるから」と山本さんは話す。

2021秋に、醸造開始を目指している。
いずれはちょっとしたカフェも併設し、畑を眺めながら簡単な食事ができるようにしたり、畑の横の森にツリーハウスをつくって子どたちも遊べる、そんな場所にしたいと山本さんは考えている。

お昼の午後3時ごろから始まった「シェフたちの休日」は、日没まで続きました。

この記事のライター WRITER

岩田和憲

グラフィックデザイナー。言葉と写真もデザインも同じものとして扱っています。元新聞記者。元カメラマン。岐阜県出身。 https://www.iwata-design.com/