「森林認証制度」のこれまでと今 -後編- 【FSC®ジャパン事務局長・前澤英士さんに聞く】

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「森林認証制度」のこれまでと今 -後編- 【FSC®ジャパン事務局長・前澤英士さんに聞く】

企業のグローバル化が進むなか、人権やコンプライアンスの遵守、環境問題への配慮などを含めた社会貢献活動(CSR)が注目されています。とくに、環境問題への取り組みでは「FSC森林認証」を受けた材料やプロジェクトを企業が積極的に採用する動きが世界的に広がっています。この「森林認証制度」を日本国内で推進しているのがFSCジャパン。どんな活動を展開し、どのような将来展望を描いているのか、FSCジャパン事務局長の前澤英士さんにうかがいました。その後編です。

※FSCトレードマーク

前澤英士(まえざわえいし)/FSCジャパン事務局長
特定非営利活動法人 日本森林管理協議会(FSCジャパン)事務局長。
1990年よりWWF International熱帯林保全担当官として勤務。国際機関、政府、民間企業との対話を重ねるとともに、林産物貿易のモニタリング等を行い、森林保全への提言等作成。その後(財)世界自然保護基金日本委員会に移り、世界的な普及を目指してFSCを日本で広げるために、スイスのWWF本部より特命を受け、草の根的な活動をスタート。2006年のFSCの正式な日本窓口となる日本法人の発足と同時に事務局長に就任。森林認証制度の認知度向上や市場開発、認証規格の策定・改訂など多様な業務に取り組んでいる。

※以下、敬称略
山上=山上浩明さん(山翠舎代表取締役社長)
前澤=前澤英士さん(FSCジャパン事務局長)

FSCの“認知度の向上”が今後のキーワード

※FSC
FSC(Forest Stewardship Council®、森林管理協議会)は責任ある森林管理を世界に普及させることを目的とする、独立した非営利団体。国際的な森林認証制度を運営している。環境保全の点から見ても適切で、社会的な利益にかない、経済的にも継続可能な森林管理を理念とし、森林が急速に破壊されている状況を背景に、1994年に設立された(NPO法人(日本法人)は2006年9月に設立)。責任ある森林管理から生産される木材とその製品を識別し、それを消費者に届けることで、責任ある森林管理を消費者が支える仕組みを作っている。

山上:FSC認証が今後ますます活用されていくためには、もっと多くの方に知っていただくことが課題とおっしゃいますが、実際のところ現在の認知度はどうなのでしょうか?

前澤:残念ながら日本での認知度はまだまだ低いです。

山上:世界におけるFSC認証の認知度はどうでしょう。

前澤:高い国では70%の認知度がありますが、平均すると50%程度です。
日本では、FSCのマークを見せて「このマークを知っていますか?」。マークを見せないで「FSCという名称を聞いたことがありますか?」という2種類の調査を実施しました。2つの調査を合計した認知度は18%でした。

山上:国際的な認知度と比べると、やはり低いですね。

前澤:このほかに高校生が主体となって行った調査があるのですが、その結果では認知度が30%近くまでと高くなっています。
また、最近は「企業がFSC認証の紙を使っている」と報道されるケースが増えており、これから認知度はさらに上がると期待しています。

山上:でも、一昔前に比べると、時代の後押しもありかなり認知度は上がったのではないでしょうか?

前澤:そうですね。私は1996年からFSC認証の普及に携わっています。当初はイギリスからFSC認証を受けたまな板を取り寄せて、それを建設業の関係者にお邪魔して見せながらFSC認証制度について説明していました。「へぇ、そういう制度があるんだ……」くらいの反応でしたが。

ビジネス的な観点からもFSCの設立を後押し

山上:当時はまだ、社会貢献活動(CSR)の意味も企業には浸透していない印象ですか。

前澤:まだ全然ですね。
それでも熱帯林をどう守るのかといった意見はありました。この議論が進んだことで、当時のヨーロッパでは「熱帯林を原料とする製品は買わないようしよう」とボイコット運動に発展したこともありました。

山上:製品が売れなくなると、先行きが不透明になりますね。

前澤:おっしゃる通りです。このまま林業を続けても儲からない。それなら、林業をやめて土地を農地に変えようといった負のサイクルに入っていきます。この動きを放置すると、森林そのものがどんどん減ってしまいます。
林業は継続したいがボイコットは避けたいし、環境保護を推進するNGOにも非難されたくない。こうした課題を解消する手段として、「きちんとした管理基準を策定し、その基準をクリアしたものにはマークを付けて販売しよう」という発想が生まれました。これがFSCのはじまりです。

山上:FSCの設立にはそんな背景があったのですね。

前澤:FSCは環境だけに着目しているように見られがちですが、実際にはビジネスの関係者も創設時から携わっています。自分たちの大切なビジネスを批判されないようにするには、どんな規格を作ったらよいのか。そういうことを考えながら発展させてきたのです。

2002年、三重県の林業者が日本で初めてFSC認証を取得

山上:先ほど前澤さんは、1996年度からFSC認証の業務に携わっていたと話されました。これはFSC本部から要請があって動いていたのですか?

前澤:当時は「WWFジャパン」という環境保護団体に所属していました。本部はスイスにあるのですが、その本部のスタッフから「日本は木材の大量消費国なんだからFSC認証を普及させなさい」という特命を受けたのです。

山上:普及活動はどうやって進めましたか?

前澤:当初は本当に手探り状態でした。他国の環境保護団体や環境に意識の高い企業のスタッフにはFSCの事情に詳しい人がいて話が合うんですが、帰国するとFSCのことは誰も知らなくて、精神的にしんどい時期もありましたね。

山上:そうした草の根的な活動から始まり、法人の設立までおよそ10年かかっています。ここまで時間がかかった理由は何ですか?

前澤:FSCの国内事務所設立には本部が定める細かい規定がたくさんあり、すべてをクリアするのに相当な時間を要しました。
また、日本ではFSCに関心を持つ人が少なくて、なかなか人材が集まらないといった状況もありました。

山上:その間にFSCへの関心が高まるきっかけがあったということでしょうか?

前澤:FSC認証を普及させる具体的な方策として、FSC認証の審査に携わる人物を海外から招きました。そして、三重県や高知県などの自治体が動いてくれたこともあり、林業の関係者や大学教授などが参加した模擬審査会のようなものを開催しました。
その会の中で審査員は「この森は十分FSC認証に値する」と断言してくれたり、「この部分をこうすればもっとよくなる」とアドバイスをくれたりして、多くの関係者から好感触を得ることができました。少なくとも議論だけの持続可能な森林管理ではなく、具体性があったからだと思いますが。

山上:FSC認証への関心は林業の関係者から高まったのですね。

前澤:そうです。その結果として、2000年2月に三重県の速水林業さんが日本で初めてとなるFSC認証を取得しました。

山上:FSC認証の取得に対する反響はどうでしたか?

前澤:当初は林業関係の新聞がニュースとして扱ってくれました。その後、速水林業さんが日用雑貨を作っていたことがわかり、新聞の家庭欄等でもFSC認証について書いてくれました。それがさらに広がり、ビジネス関連のメディアも取り上げるようになりました。

山上:これまで林業に関連するものと思われていたFSC認証が日用雑貨にも反映されたことでなじみやすくなり知名度が高まったんですね。

前澤:速水林業さんの関係者は「面白そうだからトライしてみた」というのですが、いざ取得してみると、自分たちの林業が国際規格を満たしていることを確信できたのは大きかったのではないでしょうか。FSCの国際規格が実際にどのようなものであるかはもちろん、世界では何が求められているのかを、具体的に実感されたと思います。
その後、高知県が地元森林組合をバックアップしてFSC認証を取得され、山梨県は2003年に県有林で大面積のFSC認証を取得され、日本国内における認証林(FM認証林)の面積がグッと広がりました。

山上:たしかに。グラフを見ても、2003年以降から、認証林の面積が飛躍的に伸びていますね。

※FSCジャパン提供資料

前澤:その後の大きなトピックスとしては、宮城県南三陸町で2015年10月に「南三陸森林管理協議会」と「丸平木材」がFSC認証を取得しました。東日本大震災という大きな痛手からいかに回復するかというところで、世界にアピールする手段としてFSC認証を選ばれたことは、当時の状況を考えるとなんとも言えない覚悟というか、力強さのようなものを感じました。

山上:それはとても意義深いですね。

前澤:このほか、南三陸町にはASC(水産養殖管理協議会)によって「ASC養殖認証」を取得している団体や会社もあり、森林と海の両面で世界から大きな信頼を獲得しています。

古木でFSC認証を取得するユニークなアイデアを推進

山上:令和を迎えた現在の国内におけるFSC認証はどの程度の規模になっていますか?

前澤:2019年5月6日現在で、森林管理の認証(FM認証)は44万422ヘクタール、加工・流通過程の管理の認証(CoC認証)は1,455件です。東京オリンピック・パラリンピックの影響もあって後者の認証数が伸びていますね。

山上:FSC認証数を増やすうえで、何か課題やボトルネックはありますか?

前澤:国際的なイベントを開催する際は、国産の認証材を積極的に使いたいという思いがあります。量的にも十分に足りているはずですが、FSC認証を受けても儲からないという認識が根強く残っていてなかなか進展しないですね。
ここがFSC認証の難しいところで、森林管理では認証を受けていても加工工場などが認証を受けていないと、製品にFSCマークを付けることができなくなります。FSC認証に対する意識を川上から川下まで徹底させることが不可欠なんですね。

山上:お話をうかがってFSC認証のメリット、そして認証を受ける難しさもよく理解できました。実をいうと、山翠舎では古木のFSC認証を進めています。世界的に見ても古木に対するFSC認証はまだ実績がないので、どうなのかなと思うんですが…。

前澤:古木のFSC認証はとてもユニークで面白いですね。そもそも古木を再利用するというアイデアはFSC認証の考え方ともマッチしており、実現すれば素晴らしいことだと思います。

古木を使って全面改装を行った、国立公園栂池自然園 栂池ビジターセンター(長野県小谷村)

山上:当面は古木のFSC認証を視野に入れながら、まずプロジェクト認証の取得を目指していこうと考えています。その際はアドバイスをいただけると幸いです。本日はさまざまなエピソードをお聞かせいただいてとても有意義な対談になりました。ありがとうございました。

文・横内信弘

FSCジャパン発足から現在に至るまでと今後のFSC認証の広がりについて貴重なお話をお伺いしました。
これでインタビュー記事はお終いです。
お読みいただきありがとうございました。

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