「養豚場が生き残る道」平野養豚場を訪ねて。その3

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「養豚場が生き残る道」平野養豚場を訪ねて。その3

小規模家族経営ながら廃業の危機を乗り越え、着実に認知を広げていく千葉県木更津市の平野養豚場。小規模農家が今立たされている現状とは? 危機を乗り越えるための視点とは? 最終回となる第3回は、知って選ぶことの大切さ、そして近隣から始めるこれからの養豚などのお話です。

その3(最終回)「知って選ぶ」

平野養豚場(ひらのようとんじょう)千葉県木更津市にある同市唯一の養豚場。庭先養豚に始まり、1973年にSPF豚の養豚場として開設。現在は三代目の平野賢治さん、恵さん夫婦が中心となり、抗生物質やワクチンを抑えた林SPF豚を1400頭育て、「木更津の恵みポーク」としてブランド展開している。

自分で知って選ぶということ


岩田 和憲(以下、岩田)
廃業するかどうかっていうときに、ちょうど奥さんの恵さんが入ってきたわけですよね。

平野 賢治(以下、賢治)
最初のころは看護師と兼業で。

平野 恵(以下、恵)
遊びに来てたくらいです。
で、そのうち、看護師も正社員として働いてたのをパートに切り替えて、こっちの仕事にシフトしていくうちに、イベントに出たりとか、もっと飲食店さんと繋がったほうがいいとか、いろんなことを。使命感のように燃えて。

賢治
早起きしてよく行ったよね。

岩田
その使命感っていうのは、


さっきも言ったように、みんなものの対価を知らないから安く買っちゃう。一次産業って、みんなすごく苦労してる。
うちだけじゃなくて、田んぼやったり野菜やってる人たちを見てても、「みんなこんなにやってて、それだけしか稼ぎがないのか」って。「サラリーマンをやったほうがいいじゃん、休みもあるし福利厚生もしっかりしてて」って。
もっとみんなが一次産業にお金を回していかないといけないと、わたしはすごく感じてて。

岩田
僕もそう思うんですけど、それを説明するのって難しいですよね。


難しいんです。

岩田
なぜならというと、日本社会の賃金がどんどん落ちてきて、生活費にお金を回せなくなってきてるときに、いい豚肉にお金を払える人ってセレブしかいない、みたいな。
それに対して、いや、そうじゃなくて、全員がちゃんとした食材を食べられる社会であってほしいですよね。


うん。

岩田
でも「それできるのか?」っていうのを、どう説明するのかっていうところですよね。


特別な日だけでもいいから。
例えば誕生日に、有名ななんとか牛をみんな食べたりするかもしれないんですけど、そのときに、「じゃあ、木更津の平野さんちの豚肉食べたいね」って言って、外食してくれてもいいし、楽天で買ってくれてもいいし。
そういうふうに「選ぶ」っていう、

岩田
自分で知って選ぶっていうことですよね。
ブランド牛だからいい、黒豚だからいい、みたいなイメージじゃなくて。


そう。ちゃんと知って買ってもらう。
じゃあ「なんで平野さんとこがいいの?」って言ったら、ちゃんと管理されてて、こんなに努力されてて、ワクチンもこんなに少ない、餌にも抗生物質を多くは入れてないし、っていうところ。
それをみんなに知ってもらって、毎日じゃなくていいから、特別な日に選んでもらう。
そこが大事かなって。
やっぱりみんなお金がない、節約するってなったら食事だと思うんです。

「お金を使う=誰かを支える」


岩田
そういえばこのあいだ取材したナプレの中村さんは、食事にだけはお金を使うべしみたいなことを仰ってましたね。
服はまだいい、でも食い物だけは自分の体の中に入るものだし、将来の自分を構成するものだから、そこに気を使わないでどうするのか、と。有機は高くない、1.5倍の値段なんて生産者の苦労から考えたら安いから、食事代だけはちゃんと対価を払ってちゃんとしたものをって。

こちらの記事にその話が出てきます。

まあ、そうだよなって思うんだけど、これをワーキングプアの人たちにもどう伝えるかっていうところが難しい。


うん。
ただ有機って、いいことはいいんだけど、でも、今までそうじゃないこういう世界にしてきちゃったのは、わたしたちなんですよ。
農薬をばんばん撒いて、質より量をやらないと採算が合わないから、みんなそういう方式にしてきた。でも、セレブの人たちが有機だ、JAS認定だ、って言っていろんなものを買って、今度はそこばっかりメディアが取り上げて。
わたしはちょっと面白くないなと思って。
今のこの日本の自給率を支えているのは、まさしくその農薬を使った野菜たちであって、そこで踏ん張ってる農家さんたちがいる。

岩田
だから知らなきゃいけないっていうことですよね。


わたしたちがそういう世界にしちゃった。そこを知って、自分が選択する。
この日はこれを食べる。別の日はこれを食べる。
知っててお金を落とすっていうことをしないと、恥ずかしいなあと思って。
わたしはそれを知ったとき、すごく恥ずかしかったんです。

賢治
「お金を使うイコール、誰かを支える」みたいなね。
そういうことはなかなか考えつかないからね、消費者の中では。
それは、顔が見えればダイレクトになるのかなって思うけど。

近隣から、地元から。


岩田
これから養豚を通して広げていきたい動きや流れっていうのはありますか?


たとえ1人だろうが2人だろうが、一次産業のことを思ってくれてる人たちとの繋がりを結んでいきたい。地元から。

岩田
それはやっぱり地元からのスタート?


やっぱり地元。
この仕事をやってく上では、においの問題があると思うんですよ。
それで潰されちゃったりとかする養豚場とかもあるんですよ。

賢治
近隣トラブルね。

岩田
その場所で昔からやってるわけですよね。
新興産業として数年前に急に出てきてにおいを撒き散らし始めたわけじゃないですよね。


新たな宅地とかができて、そこで署名活動が起きて潰されちゃった養豚場がけっこうあるんですよ。

賢治
昔からの近所でも、例えば孫が結婚して嫁をもらったとか。
その嫁が(笑)

岩田
本来は、どっちが先にそこにあったのかの話だと、思うんですけどね。

賢治
まあでも、結局そういう人たちも応援してくれるような、


そう。仕組みを作っていかないといけないなあって。
ごめんね、とは思ってる。でもわたしたちもこれを生業としているわけで、一生懸命やってるから、地元に恩返しをしながら。
堆肥もその一環ですよ。あの価格(15kgで200円)でやってるっていうのは。

こちらのショベルで1日10杯ほど出るという糞尿は、

こちらのコンポストに入れて3日間発酵させると、

さらさらな有機肥料となり、

袋詰めされ、地元へのお礼ということで、15kgで200円という破格の値段で販売されます。


そういうのもあって、ほんと理想論だけど、 みんなにとっていい世界にしたいなあって。

岩田
一人一人が着実にちゃんとそういうことをやってリレーションしていくっていうのが未来を作っていくことだから。


でも、まだまだ模索中です。
わたしたち、どんなに頑張ってもあと何十年っていうところで。
そのあとどうするの、次の代、どうするの、とかね。

賢治
10年後の相場もわからないし。

岩田
あくまで相場っていう外部の要因に左右されてしまうんですね。

賢治
売価も決められないので。
安い餌を探すことはできるけど、それだと餌屋たたきになっちゃうし。


じゃあそういう問題を全部取っ払ってやるってなると、大手さんみたいに自社で餌も屠畜場もぜんぶつくって、ベーコンもハムもぜんぶつくってってなる。
それが今、生き残ってる養豚業の世界。
わたしたちみたいに小さいところは件数がだんだん減ってきてて。
じゃあ、そういう設備もないわたしたちみたいなところが市場価格でどうやって生き残るかってなると、やっぱり顔が見えること。

賢治
あと、美味しいっていうのがないとね。


うん。美味しいっていう。

岩田
今日はありがとうございました。


これで平野さんとの話はおしまいです。
お読みいただきありがとうございました。

最後に、平野養豚場で育った豚たち、精肉はこちらで買うことができます。
僕も何度かいただきましたが、柔らかい肉質に、口の中ですっと溶けていく甘みのある脂で、とても美味しかったです。
興味のある方はぜひ食べてみてください。


40年以上の歳月をかけて、千葉県内の志ある生産者たちが、SPF種豚のブリーダーとその専用飼料を作る配合飼料メーカーと共に辿り着いた安全と美味しさの極み。正真正銘の千葉県産銘柄豚「林SPF」

取材・構成・写真:岩田 和憲

この記事のライター WRITER

岩田和憲

グラフィックデザイナー。言葉と写真もデザインも同じものとして扱っています。元新聞記者。元カメラマン。岐阜県出身。 https://www.iwata-design.com/