「純黒糖に惹かれて」黒糖茶房 大森健司さんに聞く その1

インタビュー
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「純黒糖に惹かれて」黒糖茶房 大森健司さんに聞く その1

30代までは北国のスキーに明け暮れ、その後、南国沖縄の純黒糖に魅了され、日本ただ一つといわれる黒糖専門店「黒糖茶房」を立ち上げた大森健司さん。そんな大森さんのユニークな遍歴を辿りながらのインタビューです。第1回は、黒糖開眼までの遍歴、そして純黒糖と加工黒糖の違いについてなどのお話です。

Profile

大森 健司(おおもり けんじ)黒糖茶房オーナー。
1968年、東京都杉並区生まれ。学生時代よりスキーに親しみ、卒業後はスキー用品やスキーイベントの営業企画、民宿でのアルバイトなど仕事を転々とする。スキー仕事の閑期である夏、沖縄へ旅行したことをきっかけに黒糖に開眼。2012年4月、黒糖専門のカフェ「黒糖茶房」を神奈川県茅ヶ崎市にオープン。夫婦二人三脚で黒糖の魅力を発信している。

はじめに「黒糖の思い出」

僕、岩田和憲の祖父は大正生まれで、太平洋戦の激戦地と言われた沖縄で戦争を経験しています。
ほとんどの戦友を亡くしながら、どうにか生きのびた祖父は、幼い子どもの僕を前に軍歌を朗々と歌い、陛下への敬意を持ちつづける一方で、反戦の思いを懇々と語るような人でした。

戦後、祖父はいろんな気持ちを引きずりながら、何度も繰り返し沖縄へと旅に出、そのたびに黒糖をお土産に持ち帰ってきたのを憶えています。
その黒糖の味が、子どもの僕は大好きでした。塊のまま、ぽりぽりと食べていたものです。

大森さんが僕に言いました。
「でも白砂糖だと、ぽりぽりいくつも食べられないですよね?」
「…あっ、確かに」

大森さんが出してくれたいろんな島の黒糖を食べ比べながら、僕はこんなことを思いました。

黒糖は、甘いだけではない。苦味のきいたものもあれば、酸味、塩味をも感じさせる。産地ごとに味が違う。生産年によっても味が違う。
まるでドライイーストに対する天然酵母パンのように、複雑で、常に揺れ動く味がするのです。

ドライイーストが、パンを膨らませる目的に適した単種の微生物だけを工業的に培養して作られているのに対して、天然酵母のパンはその環境に存在するさまざまな微生物の個性を取り入れてできたパンです。
黒糖と白砂糖の違いにも、どうもこれと似た構造があるようです。
ぽりぽりと何個も黒糖を食べることができるその背後には、パンにおける生物多様性にも似たミネラル多様性の話があるようです。
おそらくこの話は、砂糖やパンだけにはとどまらないのだと思います。

そんな黒糖ですが、サトウキビのみから製造される純粋な黒糖(純黒糖)は、今や沖縄の8つの離島(伊江島、粟国島、伊平屋島、多良間島、小浜島、与那国島、西表島、波照間島)でしか生産されていません。
しかも生産者の高齢化が進み、補助金を入れての産業維持というのが現状だそうです。

そんな背景も含みながら、今回のインタビューの始まりです。

独立気質!?

岩田 和憲(以下、岩田)
もともと、独立気質なんですか?

大森 健司(以下、大森)
僕はそうは思ってなかったんですけど。
嫁さんに言わせれば、僕はいつかやると思ってたみたいで。

岩田
ああ…ウチとおんなじこと言われてる…。

大森
ただ、いろんなきっかけでいくつも転職しているうちに、最終的には自分でできることを探したいなっていうのは、まあ、自然に芽生えちゃいますね。
そうでなければ最初の会社にずっといたはずだし。

岩田
うん。

大森
いろんな理由で転職を繰り返すうちに、人の影響を受けないで自分の力でやりたいなと、

岩田
やっぱり独立気質ですよね。

大森
なのかな(笑)
まあ、サラリーマンのときだってスポーツ業界なんで、半分、遊びというか。
商社とか銀行マンみたいなサラリーマンとはちょっと違う。スーツよりポロシャツで仕事しているような。
で、毎週のように出張ばっかり行ってるし、冬は雪山ばっかり行ってるし。

岩田
スキーの仕事をやられてたんですよね?

大森
そうですね。
スキーは大学のときからずっとやってて、

岩田
しょっちゅう…新潟の方でしたっけ?

大森
行くのは新潟が多かったですね。
まだそれこそバブルのあとを引きずってたころだったので、大学を出たあとも何とかうまい具合にスポーツ系の会社に就職できたんですね。

岩田
90年代前半?

大森
平成4(1992)年の入社なんで。
まだ弾ける前だったので何とか引っかかったんですけどね。
だから、まあ、楽しみながら、趣味と仕事が同じような感じではありましたけど。
そのときは独立なんて考えてなかったですし、自分で何かやりたいとは思ってなかったですね。
好きだったスキーが仕事にできてお金がもらえるんだったら。
まあ、仕事でスキーをするっていうわけではないですけど、オリジナルの用具の企画だとか、スキーの大会をやりましょうとか、そういうイベント企画をしたり、いろんな人とお話もできて、面白かったですね。

沖縄へ行くようになったきっかけ

岩田
もともと沖縄へ行くようになったきっかけっていうのはなんですか?

大森
単純にもう、遊びです。
冬の仕事をずっとしてたので、夏は暇なんです。
いちばん長くいた職場はスキーのショップだったんですけど、専門店なのでスキーしか売ってないんですよ。
だから冬はほとんど仕事に入らなきゃいけないんですけど、夏は逆に週休4日とかなんですよ。

岩田
そんなに…!?

大森
そう。週の半分以上行かないですね。

岩田
冬は逆に…?

大森
冬は週一休めるか休めないかで。

岩田
就職にもそういう考え方があったのか…

大森
ちょっとおかしな世界で。
でもね、冬と呼ばれる期間が意外に長いので…(笑)
その代わり夏は集中的に休める。
そんなんで沖縄へ行くようになって。

岩田
スキーで始まって黒糖に辿り着くんですね、

大森
そうです。不思議な。

岩田
北から南へ、

大森
そうなんですよ。
だからもとは遊びで行ってて、それこそ黒糖なんて頭にもなくて。
「はあ、海が綺麗だね」ぐらいな始まりで。

黒糖が好きになったきっかけ

岩田
もともとその、飲食店とかグルメについて興味が人一倍あったっていうわけではないんですか?

大森
それでいうと、大学の時から一人暮らしをしてたので、ほぼ飲食店でバイトをしてましたね。
飲み屋のバイトが多かったんですけど、ホールより厨房の仕事の方が多かったので。
だから、興味があるっていうよりは生活のため。
まかないが目当てでしたから。

岩田
食の世界って面白いなあとかは、

大森
当時は食がどうのこうのっていうのは、ぜんぜん思わなかったですね。
大変な世界だなあ、と思ってただけで。

岩田
それでも黒糖に興味を持つようになったのは、黒糖に食の真髄みたいなものを感じたからですか?

大森
そうですね。
で、もともと黒糖って僕はあんまり好きじゃなかったんですよ。
ところが、沖縄へ行った時に黒糖を食べたら、えらいうまいじゃないかと。

岩田
つまり、今まで食べてたのは、

大森
そう。なんだったんだろう、っていうのがあって。
ことの発端は黒糖のお菓子だったんですけど。
それを食べたら「なんだこれ」と思って。
で、黒糖も食べたら、いやいやいや、美味しいじゃないかと。

岩田
なんていうお菓子ですか?

大森
タンナファクルーっていう。こういう、

甘食みたいなお菓子なんですよね。
沖縄の昔からのお菓子なんですけど、作ってる会社によってまた違うんですよ。
硬いクッキーみたいなのがあったりとか。
なかでもここのお菓子屋さんのが美味しくて。ちょっと柔らかい感じの。
…まあ、食べましょう(笑)

岩田
いただきます。
…うん、これ、妙にうまいですね。

大森
素朴なお菓子なんですけど。
なんていったらいいか説明が難しいんですけど、黒糖の味がして、僕は好きなんです。
あっ、こんなうまい黒糖ってあるんだな、と。
こっちで黒糖って言われて食べてた黒い砂糖みたいなものは何だったんだろう、とは思いましたね。

純黒糖と加工黒糖の違い

岩田
何が違うって言えばいいですかね?

大森
そうですね、…それまで食べてたのが何だったのかはわからないんですけど、イガかったりとか、喉に刺さる感じがしたりとか。
あとから自分でお店やるにあたって調べてみたら、黒糖ってサトウキビからできてるじゃないですか?

岩田
はい。

大森
そのサトウキビに原料糖を入れたりしてつくる加工黒糖っていうのがある。
お菓子にも使うやつなんですけど、たぶん昔食べてたのはそれじゃないのか、って。
沖縄でも加工黒糖はあって、それは正直僕にはあんまり美味しくないんですよ。
素材の味がしない。砂糖の味しかしない。

岩田
加工黒糖っていうのは目的があって加工してるんですよね?

大森
そうですね。

岩田
原価を下げるとかですか?

大森
原価を下げるっていうのもありますけど、味の均一ですかね。
サトウキビでもうちで使ってる純黒糖って呼ばれてるものは、作られてる期間が3、4ヶ月しかないので。

岩田
へえ。

大森
12月から3月末までぐらいしか。

岩田
収穫がですか?

大森
製糖ですね。
収穫したものを黒糖にするのが4ヶ月間しかしないんですね。
で、加工黒糖みたいな原料にするお砂糖、原料糖っていうのは年中、収穫するんです。

岩田
ふーん。

大森
で、時期によってサトウキビの糖度が変わってくるんです。
いちばん糖度が上がるのが冬の時期で、そのとき加工したものがいちばん美味しいって言われてて。
なので、それ以外のときに収穫したものは甘さにバラツキがでるので、それを補うためにお砂糖を入れたりして均一にして作る。

岩田
なるほど。

大森
黒蜜もそうなんです。
黒糖を水に溶かして煮詰めたものが黒蜜なんです。でも、そこに砂糖を入れます、水飴入れます、そうやってできてるのがだいたいみなさんが使われてる黒蜜なんですね。
これも黒糖の話と同じで、食べるとイガイガする、喉に刺さる。あんまり黒糖の味もしないし、甘さだけが際立っちゃう。
ただこれは僕の好き嫌いの話で、味の安定のためとかしょうがないところもあるので、いい、悪いっていうのは正直わからないです。
ただ、うちの黒蜜は自分で作るんで黒糖と水しか使わないんです。それは味に尖ったところはなくて、コクもあって、後味もスッキリしてるんですね。

岩田
うん。

大森
ただ、原価は高い。
それに黒糖自体が毎年、味が違うんですね。

岩田
それは生き物だからですか?

大森
そうですね。ほんとにお酒とかお米とかワインなんかと一緒で。
大手の名のあるお菓子屋さんとかはやっぱり、常に同じ味を出さないといけないところは扱いづらい素材なので、そこに砂糖、水飴を足して、いつでも同じ味にしなきゃいけないから、そのために入れられてるし。

あとは保存期間の問題もあるので糖度を上げないと長持ちしないですから。
そういう問題もあると思うんですけど。

岩田
なるほど。

大森
もし、今の日本に砂糖や水飴を足して作る黒糖とか黒蜜しかなかったら、この店を作ることはなかったですよね。
沖縄で本物の素材に会って、この店ができた。
黒糖が僕の人生を変えちゃったぐらいな感じですよね。



次回へつづきます。

この記事のライター WRITER

岩田和憲

グラフィックデザイナー。言葉と写真もデザインも同じものとして扱っています。元新聞記者。元カメラマン。岐阜県出身。 https://www.iwata-design.com/