新時代の図書館を模索した「信州・学び創造ラボ」前編 【宮本忠長建築設計事務所3人の設計士に聞く】
新時代の図書館を模索した「信州・学び創造ラボ」前編 【宮本忠長建築設計事務所3人の設計士に聞く】
2019年4月、令和の時代を前に県立長野図書館内にオープンした「信州・学び創造ラボ」。県立長野図書館は、もともと長野市長門町にあったが、同市若里公園内の現在の場所に1979年に開館しました。今回の大規模リノベーションが行われたのは閲覧室や会議室のあった3階フロア。情報の多様化が進展する中で、人々が知見を得る拠点として、どういった図書館の形が望ましいのか、議論を重ねながら理想を追い求めたといいます。設計を担当した長野市の「宮本忠長建築設計事務所」の設計士と、図書館館長の平賀研也さんに話を伺いました。
目次
宮本忠長建築設計事務所プロフィール
建築家・宮本忠長氏が「風土に根ざした建築の創造」を目標として郷里の長野に戻って設立した建築設計事務所。社是は同氏の設計思想「美・用・強」だが、これに修景の思想である「ソトはミンナのもの、ウチはジブンたちのもの」というまちづくりの手法を設計理念として設計監理業を行う。長野県内を中心に美術館・博物館、記念館、学校・教育施設、集合住宅、個人住宅など、多様な実績を誇る。受賞歴も多数あり、2016年に竣工した「軽井沢発地市庭」では、長野県「信州の木建築賞」優秀賞や、長野県建築士事務所協会「作品賞」最優秀賞などを受賞。
※以下、敬称略
山上=山上浩明さん(山翠舎代表取締役社長)
久米=久米勇一さん(宮本忠長建築設計事務所)
嶋本=嶋本耕三さん(同)
本荘=本荘奎菜さん(同)
コラーニングゾーンに位置するエントランス。写真右から、宮本忠長建築設計事務所の嶋本さん、久米さん、本荘さん
六角形の本棚が閲覧者を包み込む「信州情報検索ゾーン」
山上:ここ(県立長野図書館)はとても懐かしいです。私が中学生の頃からあり、会議室などの自習スペースはよく利用させてもらいましたね。
久米:新館のオープンは1979年ですから、40年以上の歴史があります。私も実は長野市出身で小さい頃からこの施設を利用していたので、思い入れが深いですね。
山上:思い出のある場所のリノベーションに携わるのはうれしいですよね。
久米:本当にそうです。今回の設計を担当できたことには感動しています。
山上:さっそくですが、3階に新設された「信州・学び創造ラボ」の内容について教えてください。
久米:このラボは「信州情報検索ゾーン」「コラーニングゾーン」「ものづくりラボ」の3つのスペースにゾーニングしています。
山上:一つひとつ見ていきましょう。信州情報検索ゾーンとはどういうものですか?
嶋本:六角形の本棚に囲まれている空間が信州情報検索ゾーンです。書庫には何十万冊の本が収蔵されていますが、その一部、信州に関する古い資料をここに集積しています。
山上:六角形にしたのはどんな理由ですか?
嶋本:本に包まれた歴史と落ち着きを感じる空間にしたいという平賀館長のこだわりあるイメージを具現化しました。四角形にしようとか円形はどうかなど議論はあったのですが、多面体で安定感のある六角形になりました。
久米:信州情報検索ゾーンを出ると、正面には信州に関する新刊がずらりと並んでいる本棚が現れます。これは現在の信州とこれまでの信州を対比する場所になっています。
山上:なるほど、見事な空間構成ですね。そして、施設内の一番奥に当たるこの面白うそうな空間は何ですか?
久米:ここは、若者の言葉でいうと「ダメになる空間」。もう少し分かりやすい言葉で言うと「超リラックスできる場所」「肩の力を抜ける場所」です。
本荘:床も壁もクッション材で、作っています。ゴロゴロしながら読書を楽しんで、ダメな感じになっても大丈夫ですよという場所です。
久米:絵本を置く場所もあるので、子どもたちが遊ぶコーナーとしても機能します。
人とつながるコラーニングゾーンから、最新工作機器を備えたものづくりラボへ
山上:信州・学び創造ラボの中央に広がるのが「コラーニングゾーン」ですね。このゾーンのベンチや棚などの造作はすべて山翠舎が担当しました。
久米:テーブル席でミーティングを開いたり、ベンチで休んだり、簡易キッチンで料理教室を開催したりと多目的に使える空間です。山翠舎の提案で長野県産のカラマツを重ねてカウンターテーブルの脚として活用したアイデアなどはとても楽しいですね。
山上:ホワイトボードやイスなどが用意されたコーナーでは、ワークショップを開催できそうです。この場所で講演などは可能ですか? 声が響きそうですが……。
久米:人のつながりを意識したゾーンなので、ある程度まで声を出すことは想定内です。何かの集まりを開催するたびに「静かに!」などと言われるようでは、このゾーンは成立しませんから。
山上:カフェのような空間を抜けて、曲線を描く大きなベンチの向こうにも何やら面白い半個室の空間がありますね?
本荘:はい、中央に広がるのが、可動式の本棚を自由に移動させて組み合わせることで、囲まれた空間が作れるコーナーで、壁付けに三角屋根がある4人がけの半個室は、それぞれに小さなモニターがあり、持参したパソコンから資料を映し出しながら打ち合わせを行うこともできます。
山上:機能的であり、見た目のデザインもすごい面白いですね。その奥には、木のパレットのようなものが積まれていますが…。
嶋本:このパレットは、自由に積み上げて、ちょうど良い高さの椅子やテーブルにすることができます。そして高さに変化のある連続した棚を作れば、展示会なども開けるスペースとなります。
山上:可変性のある、変化にとんだ空間設計ですね。
久米:固定化しすぎない、造りこみ過ぎないということも、今回のポイントでした。使い手によって、変化できる空間。これまでの図書館にはない発想です。
山上:なるほど。いろいろ考えられていますね。ところで、一番奥にあるのが、話題の「ものづくりラボ」ですね。
久米:はい、ここはデジタルと融合した最先端の手づくりコーナーです。3Dプリンターや工作機械を設置しています。
山上:取り扱いが難しい機材もありそうですが、図書館でできることの範囲がぐっと広がります。
久米:「信州・学び創造ラボ」でできることを他の場所で借りてやろうとすると、利用時間や活用スペースによっては相当費用がかかるはずです。
こうした施設が図書館内にあり、気軽に活用できることに大きな意義があると考えています。実は長野駅周辺には「信州・学び創造ラボ」のようなスペースはありませんでした。特にビジネスの打ち合わせができるような場所は、喫茶店くらいしかありませんでしたね。
多くの人が集まる“パーク”をコンセプトにフロア全体をデザイン
山上:ところで、今回のリノベーションはどのように進行したのですか?
嶋本:まず、県立長野図書館主催の、従来の図書館利用者や市民が参加できるワークショップに、私たちも一参加者として参加しました。
山上:ワークショップはどんな内容だったんですか?
本荘:皆さんには「こういうものがほしい」「図書館でこんなことをしてみたい」といった話をざっくばらんにしてもらい、どんどん理想の図書館像を出してもらいました。
久米:中には「3階から公園まで直接降りられる滑り台がほしい」といった話もあったのですが、こうした内容を絵にして次回のワークショップで提案し、実現できるものとそうでないものを選別していきました。
山上:滑り台は実現が難しそうだ。
嶋本:「信州情報を検索できる場所」「ワークショップでともに学べる場所」「創造できるラボ空間」といった、ざっくりとしたゾーニングは当初から構想としてありました。ワークショップを通じて、その中に落とし込めるものを見つけていこうとしたんですね。
また、トータルとしてのコンセプトが決まっていないという課題もありました。
山上:コンセプトはどういったものに決まったのですか?
久米:フロア全体のコンセプトは、多くの人が自由に集まる場所という意味で“パーク”に決定しました。
山上:この図書館は若里公園内にあるので、まさにぴったりのコンセプトですね。
久米:建築物を設計する際はその場所の特性を重んじますよね。今回のリノベーションでも立地条件を大切にしながら設計に取り組みました。
山上:フロア全体をパークと考えれば、過ごし方の自由度が広がりますね。
久米:この場所でワークショップを行っていると、子どもがわざと講演者の前を横切ったりするんです。注目を引きたいのでしょうが、そういう行動を見ているのが面白くてしょうがない。子どもの行為を怒るのではなくて、子どもらしさを認めてあげる。そういうことができるのがパークだと思うんです。
山上:そもそも既存の3階はこんなにオープンではありませんでした。
本荘:自習室のほかに会議室や事務室などがありました。細かく仕切られた間取りだったので、リノベーションでは間仕切り壁をすべて取り払いました。
山上:利用状況はどうだったのでしょう。自習室や会議室の利用頻度の低さがリノベーションにつながったのですか?
本荘:自習室はいつも利用者がたくさんいました。会議室も申し込めば利用できるので、便利に使われていたと聞いています。
山上:機能していたのに、なぜリノベーションしようという発想になったのでしょう。
久米:今、図書館のあり方がどんどん変化しています。たとえば、東京都武蔵野市にある「武蔵野プレイス」は図書館の機能に生涯学習支援などを加えた複合施設ですが、フロアごとに特色を出しています。とくに面白いのは地下2階で、ライブラリーのほかに玩具やテーブルサッカーなどで遊べるスペースがあり、自分たちの出す「音」に気兼ねすることなく過ごすことができます。
県立長野図書館でも、「図書館とはこれからどうあるべきなのか」を模索したことがリノベーションにつながったのではないでしょうか。
詳しいことは館長の平賀研也さん(館長インタビュー編を参照)が説明してくれるでしょう。
図書館利用者の想いをくみ取りながら、開放感のある空間に刷新
山上:武蔵野プレイスの話が出ましたが、東京の「青山ブックセンター」の跡地にできた「BUNKITSU」は入場料1,500円で、すべての本を試し読みできる有料カフェ図書館のような空間に生まれ変わり注目を集めています。
こうした先取的な試みを参考にしたところはありますか?
久米:ワークショップでは「こういう例もある」といった進め方は、あえてしませんでした。先例をベースにするのではなく、あくまで話し合いの中から生まれる着想、新たな想いなどを中心に議論を重ねて、オリジナル空間を生み出すことを目指しました。
山上:なるほど、あえて参考は探さず、フラットな発想で議論を重ねていったわけですね。ところで、平日の昼下がりですが、結構お客様が入っているように感じますが。
本荘:そうですね。でもオープンしたばかりなので、実際の利用者の増減などについてはこれからの話になると思います。
それと、ちょっと心配なのが、このフロアは3階にあるので、2階の一般図書室をよく利用する人は、上階のリノベーションにまだ気づいていない可能性もありますね。
山上:たしかに、2階にいると、3階がどうなっているのかは全然わからないですね。
本荘:リノベーションが終わったという情報が十分に広まっていないのでしょう。
また、3階フロアをどう使っていいのかよくわからないという面もあります。このため、見学しただけで帰ってしまうケースも多いようです。3階の使い方が口コミなどを通じて広がるのはこれからだと思いますね。
山上:「信州・学び創造ラボ」が完成するまでの間で苦労したのはどのあたりですか?
嶋本:ワークショップで利用者から聞いた要望をすべて実現しようと大風呂敷を広げた時期もありましたが、それだと予算的に無理がある。そこから現実的なプランだけを落とし込むと、今度は物足りなさが出てしまう…。予算と面白い発想を形にする狭間でかなり揺れ動きました。
山上:利用者の想いや夢を形として落とし込んだのはどこですか?
本荘:コラーニングゾーンのカウンター席のある一角は、カフェのような雰囲気があります。そこで、このエリアの天井を撤去し、開放感を向上させました。コラーニングゾーンのその他のエリアは、利用者の想いをくみ取り、昔の天井をあえて残しています。
山上:図書館を以前から利用していた者としては、この天井は懐かしいですね。すべてを変えるのではなく、一部に慣れ親しんだものを残すという選択ですね。
久米:残したところもあれば、大きく変更したところもあります。たとえば、既存の会議室はコンクリートの壁に囲まれていましたが、コラーニングゾーンに一新する際、構造耐力を確認したうえで、一部の壁を撤去してガラス張りに変更しました。
山上:リノベーションでコンクリート壁を撤去するのは珍しいケースではないですか?
久米:そうです。壁の解体にも大変な手間がかかりました。
山上:私はリノベーション前の様子を知っているのでよくわかりますが、既存とは採光性や開放感がまるで違う。
さきほど「カフェのような雰囲気」という話が出ましたが、飲み物を中2階で購入してカフェとして使っている人も多いように感じます。利用自体は無料ですから、リーズナブルに楽しめる場所ができて本当に素晴らしい。ここは、もっと広く知られるべき場所ですね。
本日はありがとうございました。
文・横内信弘