新時代の図書館を模索した「信州・学び創造ラボ」後編 【県立長野図書館長・平賀研也氏に聞く】
新時代の図書館を模索した「信州・学び創造ラボ」後編 【県立長野図書館長・平賀研也氏に聞く】
2019年4月、令和の時代を前に県立長野図書館内にオープンした「信州・学び創造ラボ」。県立長野図書館は、もともと長野市長門町にあったが、同市若里公園内の現在の場所に1979年に開館しました。今回の大規模リノベーションが行われたのは閲覧室や会議室のあった3階フロア。情報の多様化が進展する中で、人々が知見を得る拠点として、どういった図書館の形が望ましいのか、議論を重ねながら理想を追い求めたといいます。設計を担当した長野市の「宮本忠長建築設計事務所」の設計士と、図書館館長の平賀研也さんに話を伺いました。
目次
平賀研也さんのプロフィール
1959年、仙台生まれ東京育ち。法務・経営企画マネージャーとして企業に勤務する間、生活の拠点を米国イリノイ州に置いて経営学を学ぶ。2001年、長野県伊那市に移住。公共政策シンクタンクの研究広報誌編集主幹を経て、2007年から伊那市立伊那図書館長の公募に応募し同図書館長に就任。伊那図書館長としての実績が評価され、2015年4月、県立長野図書館の館長に就任した。地域情報を広めるハブとしての役割を担う新たな図書館を目指し日々改革に取り組んでいる。
※以下敬称略
山上=山上浩明さん(山翠舎代表取締役社長)
平賀=平賀研也さん(県立長野図書館館長)
情報革命による図書館の転換期に直面して、3階フロアのリノベーションを決断
山上:平賀さんが県立長野図書館の館長に就任したのは2015年4月でした。当時の公立図書館をどのように見ていましたか?
平賀:時代をさかのぼって考えると、図書館が大きな節目を迎えたのは1970年代でした。一部の人が教養を高めたり、何かを研究したりするための図書館から、もっとたくさんの市民が自由に使える図書館への転換期だったのです。
当地に県立長野図書館の新館がオープンしたのは1979年ですが、実は解体前の旧館の間取りをそのまま持ち込んで、今の面積に合わせて、そのままグッと引き伸ばしたのが既存の図書館だったようです。
今回3階をリノベーションした、県立長野図書館
山上:新館としたオープンした70年代に転換期を迎えていたにもかかわらず、既存のスタイルを踏襲してオープンしていたんですね。
平賀:そうです。せっかくの機会を逃してしまった。
その後、もう一回、転換期が訪れました。それがインターネットの普及がもたらした「デジタル革命」です。この革命によって、図書館に赴かなくても膨大な情報を入手できるようになった今、「何かを知る拠点」としてどういう姿が望ましいのか。これは全国の公立図書館で直面している課題です。
山上:情報革命による転換期に直面して、3階フロアのリノベーションという話が持ち上がった。これは館長が発案したのですか?
平賀:図書館の事業を改革するのが私に与えられたミッションです。私が就任した意義なんです。ただ、本を借りたり読んだりする場所から、地域情報の発信拠点へと発展させるにはどうすればよいのか。館長に就任以来、このテーマを長野県職員や図書館スタッフなどとワークショップやミーティングを重ねながら模索してきました。
その結果として、3階フロアの刷新という話が出てきたのです。
山上:宮本忠長建築設計事務所(前編を参照)がワークショップに加わったのはどの段階からですか?
平賀:県職員や図書館スタッフ以外の方々とも盛んにワークショップを開催しました。信州大学工学部の学生、あるいは県内各地へ出向き「これからの図書館に何を望むのか?」といったテーマで議論を重ねる中で、基本的なテーマが固まっていきました。
ここまでくるのに4年かかり、設計事務所のスタッフに加わっていただいたのは、おおよそのテーマが決まったこの1年くらいの間でした。
ワークショップを通じて築いたイメージを設計事務所が具体化して提案
山上:学生や市民の方々とのワークショップの中で印象に残ったことは何ですか?
平賀:基本的には「デジタル社会の現代は情報の姿が変わったよね。僕らがものを知るとか、表現することのプロセスは変わってしまったよね」というところから、議論はスタートしました。
学生との対話の中で、強く印象に残った発言が3つあります。一つは「子供と一緒に世界を再発見するような場所にしたい」ということ。
図書館は本来、個人それぞれの世界を発見したり、ワクワクに触れられる場所だよね、というのがベースとなる大切なテーマです。現代ではそれがデジタルと融合する空間を目指したいという話になりました。
山上:なるほど、単純であり欠かせない重要なテーマですね。
平賀:もう一つは、「世の中にはいろいろな人がいるのだから、多様な暮らし方やあり方が共存している空間にするべき」というもの。
特定の層やライフスタイルを持つ人をターゲットにするのではなく、多様なペルソナを受け入れる場所。
その議論が発展したことで、キッチンがあるカフェのような空間や、ひとりでも使える半個室席、セミナーができる場所、コラーニングゾーン、そしてダメになれる場所といった、空間につながりました。
平賀:そして最後が、「バリアをなくしたい」ということ。最初は物理的なバリアの話だったんですが、さらに飛躍して「情報に対するバリアってみんな持っているよね。何でもネットで手に入るけど、それが本当に読み解けたり、使えたりしているかというとそうでもない。そのバリアとういのは、『情報のバリア』と考えようか」と。
山上:情報のバリア。なんとなく分かっていたり、実際に使いこなせていない情報ですね。
平賀:そうです。そうすると、「情報のバリアを乗り越えるためには図書館に何があったらいいか?」「ただ、本があるだけじゃなくて、情報の扱い方とかアウトプットの仕方とか、そういうこともサポートできたほうがいいよね」という話になりました。
山上:それが「ものづくりラボ」として実現したのですね。
平賀:そうです。「ものづくりラボ」はイメージをアウトプットして形にする場所です。
図書館と言えば2次元の世界です。そこに、誰もが利用できる3Dプリンターを置くことで、新たなアウトプットを促し、表現の場として広がると思っています。
山上:他にもさまざまな機器がありますが……。
平賀:はい。大判のポスターを印刷するプリンターやレーザーで木に文字や模様を彫れる工作機械、さらに本など紙の資料のスキャン装置も使えます。
山上:このスキャンは、いわいる普通のコピー機のようなスキャンではなく、本を開いて上から撮影して、紙をデータにしていく装置ですね。
平賀:昔からこの「ブックスキャン」はありましたが、ただあくまで図書館職員が業務で使用するものでした。
その利用も一般の人たちに開放します。思い出のアルバムなどを持ち込んでいただき、ここでデータ化することもできるのです。
山上:面白い取り組みですね。設計事務所さんの役割は、イメージ先行だった部分が、こうしたお話にあるような具体的な形になっていったということでしょうか?
平賀:はい。それまで話してきたことは、当初は人によってイメージがバラバラでした。具体的な形として出てきて「なるほど、そうなるのか」と腑に落ちたんですね。
山上:プロセスを踏みながらも、最終的に決定を下すのは館長の役割だったと思います。設計事務所さんが提示したプランはどういう手順で決定したのですか?
平賀:提示されたプランに対して「これは違う」といった拒絶反応はありませんでした。むしろ、「あの話がまとまるとこういう形になるんですね」と納得していった感じです。
山上:プランの共有が実にうまく進んでいたようですね。
平賀:ワークショップでは体験のデザインについて議論をし、形や色については議論しないようにしたのです。単なるメニュー選びにしないためです。その先はプロの方々に任せたということですね。
面白かったのは、山翠舎さんにオーダーした家具の図面の一部に詳細が書き込まれていないものがあったこと。設計者と山翠舎の担当者、そして私たちで話し合って細部を詰めたことがありました。
山上:まさに皆さんで造っていった空間というわけですね。
平賀:そんな中、「さすがプロ!」と唸ったというか、感動したのが、山翠舎さんがカウンターの足に長野県産のカラマツの角材を使ってくれたことでした。
山上:どういうことでしょうか?
平賀:というのは、今回内装にいろいろな木を使ったわけですが、予算が大変限られていたので、基本的なデザインには合板を使っていました。
でも、一箇所にこだわって県産材を使ってくれた。長野県も地産材の推進を行っているところだったので、「こちらの気持ちを汲んでくれた。ああ、さすがプロだなぁ」と、しみじみ感じ入りました。
長野県産のカラマツを使ったカウンターの脚
送り手と受け手がインタラクティブな関係を構築できる空間づくりを目指す
山上:このゾーンにはキッチンカウンターがありますが、どんな使い方をお考えですか?
平賀:当初はキッチンを置く予定はなかったのですが、「キッチンがあれば料理に関連したイベントを開催できる」というワークショップでの声があり設置しました。
山上:あとからキッチンをつけるのは大変ですからね。キッチンがあれば食の情報発信もできますね。こうしたスペースを団体で利用する場合は予約が必要ですか?
平賀:予約は不要です。「信州・学び創造ラボ」ではグループでの利用を推奨しています。それもクローズドな集まりではなく、「よかったら一緒にやりませんか」と周りの人を巻き込みながら活用してほしい。
そういった利用法が広まれば、「信州・学び創造ラボ」に行けば楽しいことが待っているというインタラクティブな関係を構築できると考えています。
山上:ホワイトボードや黒板、イスなどを設置した一角もありますね。ここならワークショップを開催できそうです。
平賀:はい、こうしたスペースや「ものづくりラボ」など、各空間の使い方は図書館スタッフだけではなく、ここを使いたいという市民の皆さんと議論を続けています。
設備が完成して終わりではなく、運営のあり方もみんなで議論しながら決めていきたいと考えています。
山上:図書館の運営方法をみんなで決めていくというのは画期的ですね。
平賀:現在の図書館には、「〇〇禁止」「〇〇してください」といったルールがたくさんあるのが当たり前になっています。
本来は公共の施設ですから、皆の財産をどうやって使うのかということを互いに話し合う必要があると思うんです。
山上:双方向でサービスをやりとりする空間を目指すのですね。
平賀:その通りです。図書館側がひたすらサービスを提供し、ルールを押し付ける場所ではないし、利用者にとってもサービスを受けて当然という場所ではありません。そうした一方通行を改善したいというのが私たちの考えていること。
コミュニケーションを促進したり館内で起こったことを記録したりして、次世代の図書館運営への手がかりにしたいのです。
信州110年のアーカイブとなる六角形の書架は、見どころの一つ
山上:「信州情報検索コーナー」についておうかがいします。六角形の書架に対しては、館長としてもこだわりがあったと、設計士の皆さんから伺いました。
平賀:まず、設計士の皆さんには私たちが読み解いた「信州110年の歴史」をモノとデジタルでみなさんに見ていただく空間にしたいという意志を伝えました。信州の知ることに関する歴史を感じられる空間にしたいと。
山上:信州に関するアーカイブがすべてここに揃っているのですか?
平賀:全部ではありませんが、インターネットでは見つけられないような古い情報も相当量この一角に集めています。
誰でも気軽にアクセスできる場所に、信州が培ってきた110年分の歴史を集めたことに意味があると考えています。
山上:まさに、一部の知識層のための図書館ではなく、県民全員が利用できる場所ですね。
平賀:はい、その通りです。これなんかは、明治から戦時下までの間に検閲されて発売禁止になった本です。図書館自らその本を書庫へ収蔵していました。
そして、これなんかは、長野県とも関わりがある昭和8年当時の憲法の教科書のスタンダードだった本です。しかしながら、天皇陛下に対して不敬であるとして国会にも取り上げられて、一気にスタンダードから発売禁止に指定されました。「天皇機関説事件」っていう歴史の教科書にも出ている出来事です。
山上:そういう歴史もちゃんとここで展示していくわけですね。この六角形の空間に、そうした歴史が凝縮しているわけですね。
平賀:私が考えていたイメージ以上の良い仕上がりになっています。
当初設計士の皆さんは、全体を円形の書棚で囲むことを目指していたようですが、曲面でこの空間をつくるのは大変ですよね。ご覧になったと思いますが、エントランスのベンチも曲線で作られています。あれがデザイナーさんがやりたかったイメージなんだと思います。
山上:平賀館長はじめ、設計者さんのこだわりを随所に感じる空間ですね。まさに既成の図書館のイメージを覆すデザインや仕掛けがたくさんある空間ですね。
平賀:ありがとうございます。実は取り組みとしても、公立図書館ではあまり例がないことも行う予定です。
実は、インターネットで古本を販売している「バリューブックス」と連携協定を結ぶことになりました。バリューブックスが本を買い取った金額を利用者の希望先に寄付する「チャリボン」事業と図書館の連携などの社会貢献活動を検討しています。
このほか、図書館の蔵書やバリューブックスが販売する本から、自分だけの本棚を作るワークショップも開催し、皆さんに喜んでいただきました。
今回の協定で、ものづくりラボを活用した創作活動なども検討していきます。
山上:官民協調で、面白い施策に打って出ているわけですね。たくさんの利用者に長く愛される図書館になることを祈願しています。
本日はお忙しい中、お時間を割いていただきありがとうございました。
文・横内信弘
ぜひ皆さんも長野へ行かれた時は「信州・学び創造ラボ」、立ち寄られてみてはいかがでしょうか。
これでインタビュー記事はお終いです。
お読みいただきありがとうございました。