「体験がもつ付加価値」里山十帖・岩佐十良さんに訊く。その2「共感の連鎖」

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「体験がもつ付加価値」里山十帖・岩佐十良さんに訊く。その2「共感の連鎖」

2014年のオープン以来、異例の提案型旅館として話題をさらい続ける「里山十帖」。同館の仕掛け人・岩佐十良さんを訪ね、これからの宿やメディアのあり方について伺うインタビュー。第2回は、マーケティングデータからは見えない共感のムーブメント、そして伝統への揺り戻しなどのお話です。

その2「共感の連鎖」

岩佐 十良(いわさ とおる)1967年、東京都生まれ。株式会社自遊人代表取締役。
2000年、オーガニック・ライフスタイルなどをテーマにした雑誌「自遊人」を創刊。02年、同誌と連動して食品販売事業「オーガニック・エクスプレス」をスタート。04年、新潟は南魚沼に移住し米作りを始める。14年、旅館を体感メディアと捉えた「里山十帖」をオープン、グッドデザイン賞を受賞する。体験が生む価値に着目し、新しいメディアのあり方を追求している。

マーケティングデータにはない共感の連鎖


岩田 和憲(以下、岩田)
里山十帖っていうのが、銀行からはダメだろうと言われながらなんだかんだで話題になって、90%を超える稼働率になった。こういう状況っていうのはインターネットなくしては起き得ないことなのかなと思うのですが。

岩佐 十良(以下、岩佐)
正確にいうとスマホですね。
ここ5年ほどでスマホでの情報量の流通が爆発的に増えてますので。スマホによってすべて変わったっていっても過言ではないので。
スマホもインターネットを介しているわけですけど、インターネットはあくまでインフラだと僕は見てますので。そのインターネットというインフラの中で何が変えたかというと、スマホが変えた。スマホの即時性と情報流通量の拡大が変えたし、うちがわずか3ヶ月で稼働率90%までいったっていうのは、スマホがなくてはありえなかったっていうのは、もちろんですね。

岩田
にしても、すごいですよね。

岩佐
これは正直、できすぎでして。
僕は、1年ぐらいは我慢しなきゃいけないだろうなと思ってました。
これがわずか3ヶ月でいったのは、猛烈な勢いで共感が連鎖していったっていうことなんですけど、それだけスピードが早いっていうのはやっぱり、それだけ人が求めていた。
さっきお話ししたようにデータ上ではどこにも出ていないことだからこそ、「あっ、これこれ、こういうのが欲しかった」っていうことで一気に広がったっていうことですね。
たぶん、どんなマーケティングのデータをとっても当時は出てなかった。

岩田
岩佐さん、最初の出発点でデータは見ないって本に書かれてましたが、それは僕もまさにそうで。
あと、なかなかみんな言わないですけど、データっていうのは基本的に人の手がかかっているので…

岩佐
そうですね。

岩田
これ、重要な話だと思うんですけど、データは歪められているんですよね。
ところが世の中はどんどん情報化社会になっていくなかで「ちゃんとデータを見て判断しろ」と言う風潮が強くなってきて。
そういうデータ信仰みたいなものに僕は違和感を持ちながら会社勤めをやってた時代がありましたが。

岩佐
でもね、僕、データも見るんですよ、いちおう。

岩田
それも書かれてましたね。でも最初は見ないですよね。

岩佐
最初は見ない。で、マーケティングをまったく無視するんではなくて、自分のやろうとしていることを確実にするためにデータを使う。

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岩佐
僕はマーケティングから入るんじゃなくて、ミッションから入るんです。

岩田
なるほど。

岩佐
そのあとミッションにあわせたプランニングをします。で、そのあとマーケティングをじっくり見ます、と。ミッションはよくてもプランニングがダメな可能性もありますので。
僕らにとって重要なのは、プランが重要なんじゃなくてミッションが重要なので。
正直言うと、プランは何でもいいんですね。つまり、僕らがやろうとしているミッションからすれば、場合によっては旅館じゃなくてもいい。飲食店でもいいかもしれない。それも魚沼じゃなくて京都じゃないとできないっていうマーケティングのデータがあるかもしれないわけですね。
それはやっぱり、プランは古民家じゃなくても良くて、新築でもいいのかもしれないし、リノベーションじゃなくてもいいのかもしれない。
自分たちがミッションとして何をしようとしているのか? それはメディアだし、いちばんの中心は食だし。それから「日本の伝統的なものをどう考えるか?」っていうところから派生したなかで、僕らの場合はこの古民家っていうのが出てくるわけですね。
そうすると、マーケティングのデータ上で「ぜんぜんダメそう」っていうデータが出てきた時点で、やらないですね。
この里山十帖に関して言うならば、実はいいデータはなかった。悪いデータはいっぱいあったんですけど、決定的に悪いデータがあったかというと、そうでもないわけですね。
新潟県にかんして言えば、決定的に悪いデータが出てきたんですけど、

岩田
(笑)

岩佐
ただ、メディアとして考えたときの決定的に悪いデータはなかった。
つまり通常の旅館業としての悪いデータは、新潟県は山ほどあったんですね。客室稼働率全国最下位(*)、とかね。

*客室稼働率全国最下位 … 平成26年の観光庁による「宿泊旅行統計調査」において、新潟県は旅館とリゾートホテルの両タイプにおいて客室稼働率が全国47都道府県中最下位を記録している。

岩田
へえ。
スキーバブルの関係ですか?

岩佐
スキーブームのときに作った宿の稼働が落ちているので、それが全体の数字を下げてるというのはその通りなんですけど。
稼働率が24%くらいしかないんですね。これって成り立つわけがない数字ですので。新規投資が成り立つわけがない。
いずれにしても24%っていうのは、誰かが道楽でやらないかぎり、あるいは家業、民宿みたいなかたちでやらないと成り立たない数字ですので。
それから観光人気ランキング、こういうものもだいたい35位から40位のあいだが新潟県なので、観光とか宿泊業っていうことでいうなら最悪のデータが並んでました。

岩田
ああ…

岩佐
ただ僕らはメディア業として考えていましたので、そう考えた時にはホテル自体がメディア業としていいのか悪いのか? まず観光業っていうことでいえば「世界中の観光需要が伸びている」っていうデータがありました。
僕らは2012年にここを始めましたので、東日本大震災の影響で最悪だったんですけどね。でも世界に目を向けてみれば観光業は伸びている。
それから提案型のホテル、例えばデザインホテルズをはじめ世界中のホテルグループが新しいブランドをたくさん作っている。
ということは、世界を見れば多様化したものに対してどう対応しようかというのを考える時代に入ったということです。
で、2005年とか06年ごろかなあ、ヨーロッパでデザインホテルズに加盟しているようなホテルに僕、けっこう泊まってたんですけど、そこには新しい提案性、デザインだけでも日本にはない提案と体験があって、「これがなんで日本にないんだろう?」っていうのを感じてました。

岩田
なるほど。

岩佐
今、里山十帖もデザインホテルズに加盟してますけれども、ただここはヨーロッパのデザインホテルのような“デザインばりばり”っていうのを求めてるわけではなくて。
派手すぎるのは、楽しいけれども飽きる。やはりもう少し滞在の快適性とかほかのものがこれからの時代になってくるって僕は感じてましたので、そこを提案しようと。
そういうホテルは確実にあるし、お客さんが来てるし、旅行需要も伸びてるし、っていうことから考えると「ありえないわけではないよね」っていうのがあったんですよね。まあ、それしかなかったといえばそれしかなかったんですけど。
国内の動向は放射性物質の話もあって最悪の状態。
でも世界を見ればいける可能性があった。
そこの数字を僕はマーケティングデータとして見た、っていうことですね。

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山上 浩明
koboku通信もweb版で書いた記事で、それを読んでくれたビルオーナーさんが内装費を払うからその記事に出てた飲食店の方に出店してほしいみたいな話がきて、今進んでるところでして。
本当におっしゃる通りで、やっぱり共感が広がる時代なんだなっていうのをつくづく思っていますね。

岩佐
そうですね。

岩田
なんでそういう共感が広がる時代になったのかなと考えると、現代人は決定的に経験値が不足していて、経験に飢えてるわけですよね。
例えば終戦直後で闇市でもやって生き延びてきた人っていうのは経験に飢えてないと思うんですよ。いろんなものを見てしまって、うんざりしているくらいだと思うんですけど。
そのころと比べると情報化社会や技術でいろいろ便利になったわけですけど、逆に言うと、便利と引き換えに経験を奪われてきたっていう流れがあって。
今もう一度、経験を何らかのかたちで取り戻さなければいけないっていうのを、そこにこれからの未来があり、それはビジネスにとっても未来なんでしょ、っていうのを岩佐さんは指差されているのかなあと思うんです。
伝統的なものに興味がある。米作りもそうですし、古民家もそうですし。
岩佐さんが、「日本の伝統的なものをどう考えるか?」と先ほどおっしゃいましたけど、なぜ岩佐さんはそこに惹かれているんですか?

岩佐
いや、惹かれているっていうか、そこはベースなので。
例えば米は日本人の食生活の基本、誰がなんと言おうと日本人の主食で。パン食がどんなに増えようが、パンが日本の主食になることは文化人類学上、絶対にありえませんので。もしそこが変わったとすると非常に問題があるわけです。
日本の主食のシェアがこのまま反転して米以外のものが7割、8割になっちゃう可能性もあるんですけど、でも民族性としての主食であることに間違いはないですね。
田園風景が日本人の心の中に刻まれている風景であることも間違いないですし、さらにその米から生まれる加工品、発酵食品とかそういうものがたくさんあるわけですけれど、日本の場合は米と大豆でほとんどできちゃう、この食文化っていうのが日本のDNAから消えてなくなることはないだろうと。
そういうことを考えると、やはりそこは僕らは勉強しないといけない。

岩田
わかります。
で、結局、必ずそこへ戻ってくるだろう、という?

岩佐
大きな揺り戻しはたぶんどこかで必ずある。

岩田
そのときに、田園風景が破壊されている状態はまずいだろう、と。

岩佐
そうですね。それはやはり僕らとして知らなきゃいけない。破壊されるといっても、知らないと僕はそれを語ってはいけないという感覚があるので。
まあ語ってもいいんだけど、やっぱり知っていないとより深く話はできない。
それで僕はここに来てやっているわけですけど、自分の体験としてそれを体系化して自分で感じておくことってすごく重要で。
どこかで相当な揺り戻しはあると思いますよ。今後、それは住宅に関しても相当な揺れ戻しが起きると思ってますし、すでにその兆候は出てきてると思ってます。食に関してもどこかでググッと反発するところは出てくるだろうなっていう気がしてますね。
それはやっぱりね、日本人のベースだからっていうことですね。

岩田
1970年代に「ソイレントグリーン」っていうチャールストン・ヘストンの映画があって。歴史も末期的な食糧難で、最後、工場で人肉を生産していたみたいなことが暴かれる話です。
これは映画の話かというと、じゃあ今どんな食品が作られているかといえば、ほとんどの人はわかってない状態じゃないですか。人間はずいぶん来てしまってるわけですけど、一方で、人間はずいぶん行ってしまえてるわけで。
僕が思うのは、人間は果たして必ず戻されるものなのか? それとも、このまま行ってしまえるのか? というところなんです。

岩佐
これは何とも言えませんが、世界中で民族運動が高まっている。日本人の中にも民族的な意識っていうのは相当芽生えてきてる。で、この流れはさらに強まると思っているんですよ。強まらないと人間の自我が崩壊する時代が起きるでしょうから。
AI、VR、ICTとかいろんなものが発展していく中で、人間が人間たるゆえんは何なのかっていうのを突き詰めて考えて行ったときに、そもそもわたしは何者なんだ? わたしのルーツは何なんだ? 国のルーツ、人間のルーツ、民族性のルーツはどこなんだ? っていう話に必ず行き着く。そのルーツを持っているからこそ人間なのであって、それをなくすとコンピュータに対して勝ち目はないですよね。
これからの時代、みんなが自分のルーツについて自問自答をもっともっとする。当然ながらロボットの住む家と人間の住む家は違うっていうことになるでしょうし、機能があれば良しとする流れに対しての反動が起きてくる。技術者じゃなくて、特に知識層から反動が起きていく。それがいつなのかはわかりませんが、そうした方向へむかっていくだろうなとは考えていますね。

岩田
里山十帖というのは、そういう大きな流れの中の一つの位置付けのようなものだと。

岩佐
そうですね。日本ではターニングポイント的に僕らがボン!と作った。しかも2012年の5月、まだ震災から1年のときに買い受けて、そこで着手を始めてます。結局、そのタイミングでやってるところはなかったということですね。震災からもう少し経って「日本もそろそろいけるんじゃないか」っていうところでやり始めていたのでは、完成するのが2015年とか16年とかになっちゃう。
ようやく日常生活に戻り我に返ったとき、「この方向性だよね!」っていうのが日本にまだなかったところへ、2014年に里山十帖ができたので、そこにドッと人が来たっていうふうに考えるのが正解かなって思いますけどね。

この記事のライター WRITER

岩田和憲

グラフィックデザイナー。言葉と写真もデザインも同じものとして扱っています。元新聞記者。元カメラマン。岐阜県出身。 https://www.iwata-design.com/