【Taste the Time ~ 古木、古民家がつなぐストーリー ~】第五話 「女性建築家が守る、東京から近い農村古民家」のお話

インタビュー
公開
205 Views

大多喜を訪れたのは2年前だっただろうか。
千葉市内から外房線に乗り、茂原駅で乗り換えて、バスに乗る。
賑やかな駅前から徐々に南下すること30分ほど。
気づくとすっかり農村風景になっているではないか!

所々にとても大きい立派な古民家が現れ、思わず、「おおー!」という声が出てしまう。
背景に小さな森、存在感のある大きな古民家、手前に田畑という構図がまさに千葉の里山らしい風景。

今回お話をうかがったのは千葉県夷隅郡大多喜町にある一棟貸し&体験型宿泊施設「まるがやつ」を経営している、株式会社人と古民家(一級建築士事務所)の代表取締役である牧野嶋さん。
女性建築家でもあり、女性起業家でもある。

「まるがやつは、築200年の古民家と蔵を活用した宿泊施設です。
古民家の設計や監理をする仕事に携わっていた時に、いくつか見た中で一番気に入ったのがこの建物でした。10年以上空き家になっていたのです。
もともと味噌や醤油をつくっていた庄屋の建物で、桶や味噌樽が残っています
蔵にあった味噌樽はシャワーの桶として使っています。」(牧野嶋さん)

「床下には断熱を入れ、窓はペアガラスにしたり、キッチンや檜のお風呂などの水回りを新しいものにしたり。建物が大きくて、改修費がかりました。
でも、最悪うまくいかなかったら、別荘を買ったと思うことにしたのです。この事業でまともに考えていたらできないですから。」(牧野嶋さん)

庶民にとっては憧れのマイホームを飛び越えて、別荘なんて夢のまた夢だが、時には楽観も大事なのかもしれない。
さらに大事なのは、開業前に事業がうまくいかなかった時を想定できているかどうかである。
コロナ禍では住宅→宿泊施設→住宅と、本来の用途に戻った古民家も出てきている。
多様な活用アイディアを持っていると、もしもの時も安心である。

「アクアラインが通じているので川崎方面からのアクセスが良く、東京からも約1時間で行ける場所ではありますが、大多喜町は千葉県の中で一番はじめに過疎地域に指定されていて、こんな所に誰も泊まりに来ないと周りから言われていました。」(牧野嶋さん)

最近でこそ大多喜周辺では、古民家を活用したレストランやチーズ工房などもできているが、先んじて古民家宿を開業した牧野嶋さんは先駆者だったに違いない。

「古民家の活用は、歪みや雨漏りなどの建物の状態を見極める目利き力が大事。これに改修後のイメージ提示も含めた企画力が掛け合わせられると進みやすいですね。ポイントは完成形を見せることです。
また、大きく改修するには改修費も高額になりますが、きちんと改修しないと冬が寒くてつらくて。改修が中途半端だったため、カビで喘息になったという話も聞いたことがあります。工事がどの程度必要な建物なのかを判断し、費用対効果のバランスを見極める必要があります。」(牧野嶋さん)

さすが建築家の発想。確かに完成イメージ図やきちんとした企画書があると、プロジェクトの関係者が理解・賛同しやすい。建物の状態把握と改修プラン、必要資金の計算は何軒か見ているうちに感覚的に分かってくるようなものかもしれない。

ちなみに筆者が好きな古民家宿やカフェは、坪50~60万円程度の改修費であることが多い。もちろん改修費は建物の老朽化度合いによって異なるとは思うが、古き良き風情を残しながら改修するバランスは古民家活用事業の開業後の持続や将来までを左右すると言っても過言ではない。

「実は開業当初は企業の研修施設にしようと思っていました。今も地域の金融機関や鉄道会社など5社が会員になっています。」(牧野嶋さん)

「企業を会員にするとはなかなかできないこと。どのような経緯でできたのだろうか?」(山上社長)

「まるがやつの建物が地域金融機関に縁ある場所だったということもありますが、既に古民家活用に成功している事業者を呼んで講演会を開催し、そこに地域企業に参加してもらったことがきっかけだったように思います。
会員企業が福利厚生施設のように利用して下さるほか、会員企業同士の交流会も開催しているので、ネットワークづくりの場にもなっています。」(牧野嶋さん)

「確かに、会員企業に対して、配当ではない還元の仕方があると良いかもしれない。茅葺き屋根を皆で葺いて、日当やお金ではなく、おにぎりを配ってみんなで食べる、そしてまた別の家が屋根を葺き替える時に手伝うという相互協力のような発想かもしれない。」(山上社長)

「地域の住民が集まる場も設けています。サロンのようなスペースを敷地内につくり、60~70代の周辺に住むお母さんたちが来てくれて、宿泊客との交流もあります。
設計はアーティストを入れると良くなるのです。既成概念を崩せるのは業種の違う人。古民家×異業種というコラボレーションでは、里山の古民家で野外フェスを開催していた元DJもいますよ。」(牧野嶋さん)

古民家、野外フェス、DJ!
これはおもしろそうだ。
まるがやつには、周辺の自然や観光地も含めて、体験プログラムが豊富にある。宿泊客にとことん楽しんでもらって、満足して帰ってもらおうという想いが伝わってくる。

まるがやつに賛同している企業の方々を特別講師として招くセミナーや、チームビルディングなどの企業向けの体験プログラムも用意されている。

東京から1時間程度で行ける範囲内に、周りは観光地ではないけれどひっそりと佇む古民家。どのぐらい残っているだろうか。
時とともにライフスタイルも変化していく。今はテレワークやテイクアウト関連のニーズも高まってきている。シェアオフィス、シェアキッチンなどまだまだ活用方法はありそうだ。

宿のHP: https://www.marugayatsu.com/

この記事のライター WRITER

山野井友紀

歴史的な建物やまちなみ好き。大学時代は東洋美術史学を専攻。2008年に株式会社日本政策投資銀行(DBJ)に入社し、現在は地域企画部にて地域活性化やまちづくりなどの調査、研究を行っている。