【Taste the Time ~ 古木、古民家がつなぐストーリー ~】第三話 「奈良最古の醤油蔵」のお話

インタビュー
公開
1393 Views

第三話 「奈良最古の醤油蔵」のお話 

生まれ育った家の記憶とはどのぐらいあるものだろうか。
また、住んでいた家についてどのぐらい語れるだろうか。

今回は、こんなに歴史や地域と一体となったストーリーのある家というのも数少ないのではないか!と感動した奈良県田原本町にある奈良最古の醤油蔵について。

約300年の歴史を持つマルト醤油の18代目であり、㈱マルト代表の木村浩幸さんの生まれ育った家は醤油の蔵元だった。

40歳までサラリーマンとして働いていた木村さんは、今年、70年振りに醤油の醸造を復活させた。

そして、なんと醸造復活への第一歩が蔵の木板に残っていた菌の発見だったのだ!

古文書を読んで醸造工程を調べ、家の敷地内に醤油工場を新設して醸造を再開。

さらに、かつて醤油づくりに使っていた蔵や当主の暮らしていた築130年の母屋なども含めて、木村さんが生まれ育った場所はNIPPONIA田原本マルト醤油という宿になった。

ここでのユニークな体験は、蔵にも泊まることができて、醤油の原料や蔵人の気分になれること!

大豆、小麦、塩を保存していた3つの蔵は客室となり、蔵人が寝泊まりしていた2階部分で寝ることができる。

「蔵(客室)の入口は鳥居のモチーフ。採れるものや蔵人への敬意を表しています。」ここの宿に泊まると木村さんのご案内で宿の敷地内や宿周辺の散策を楽しめるそうだ。

「宿の体験は、朝から始まる。木村さんと一緒に近くの村屋神社まで朝参りをする。その後、朝食でこの場所で搾った醤油を食べる。ストーリーを聞いてから食べると感じ方が変わる。」
という宿のおもしろい仕掛けを話してくれる㈱NOTE奈良の大久保代表。こういう細かな仕組みが地域に受け入れられるポイントという。

木村さんのお話は続く。
「醤油は春に仕込むので、春を表す東の場所に仕込み場があります。
南は夏を表し農作物が成長する時期なので原材料を置く場所になっています。
西は秋で熟成させる醤油貯蔵庫があり、北は冬で門出を表し醤油が外へと出ていきます」

季節とともに醸造の作業とともに、東西南北のストーリーに沿って建物が建てられ、配置されている。

おや、屋根にはなにやらかわいらしいものが!

「正門や建物の屋根には七福神がのっている。中庭の池は、大阪から仏教が伝わった初瀬川とつながっていて、川から恵比寿様がやってくるという発想。」(木村さん)

ここにも建物の向きや方角に意味がある。
自然環境を取り入れ、地域との一体感があり、統一性のある建物。
自然と食と神様が一緒に住む場所なのだ。

山自体がご神体として有名な三輪山、最古の古道である山辺の道、能楽の発祥など次から次へと目から鱗の田原本周辺にまつわるストーリーが出てくる、出てくる。 

そしてきちんと地域を体験・体感できるようにレンタサイクルが用意されているではないか。

 「宿の周辺をレンタサイクルで回れる周遊マップもつくった。宿泊客は、割符という手形と地図を持って、宿とつながりのある、地図上にプロットされた店舗や農園を訪れる仕組み。親戚の家に行くような感覚があると思う。」(大久保さん)

レンタサイクルは単なるアクティビティかと思いきや、地域と宿がともに生きるために排他性のない人のつながりをつくるという意図が隠されている。

宿の随所にも工夫が多い。

この場所に昔からあったものを活かし、当時の食器入れをベッドサイドのテーブルにしていたり、さらに奈良県内の職人による家具や和紙、焼き物を取り入れたり、地域のストーリーを組み合わせた演出が。

「近所の子どもたちを呼んで、宿の中庭の池の水を抜くワークショップを開催した。宿の予算で神社の神事も復活させたいという夢がある。小さい頃から地元の文化に触れ合える場所ができたら良い。大人になって奈良の外に出て奈良の良さが分かるという話も聞く。小さい頃からの原体験から、大人になった時に文化を守っていこうと思えるのかもしれない。」(大久保さん)

木村さんに大久保さんが伴走しながら宿が成り立っている。

大久保さんの担うプロジェクトデザインには、
・土地の歴史や産業、文化などを知り、地域の良さを理解し、デザインすること
・マーケットの水準を知った上で、宿の客層を想定して、単価を設定し、宿の内装 や料理、アクティビティなどのパーツを組み立てていくこと
などが求められている。

「家も大事に守っていたことが祖父のそばで分かった。夏休みに庭の手入れや水やりなどをしながら木の手入れの方法も覚えていった。子どものころから体感することに加え、一旦外に出てみるというのが良いかもしれない。何を大切にしていたのだろうということに気づく。ずっとこの家に住んできたが、きっかけがないと文化や産業の再生、地域の良さに気づけないかもしれない。外から一旦見られる機会があったことが今に大きく影響している。」(木村さん)

「私も祖父が始めた会社を継いでいる。おじいさまからの教えはどのようなものだったのだろうか。また、それを木村さんはどのように受け取っていたのだろうか。」(山上社長)

「第二次大戦後に祖父は醤油醸造をやめてしまった。地域の生産者とともに醸造していた。醸造の復活は地域の価値を次世代についでいくことだと思っている。祖父は260年経った時に自分の代で途絶えることが負い目だったようだ。

祖父からは、「人への感謝、人を喜ばせること、地域貢献できる人に」ということを言われていた。260年地場産業に関わってきて分かった言葉なのだと思う。生産者との関係構築も大事。

醤油は日本人の食文化の中でのど真ん中。地域生産者も次世代にあわせていく。

田原本にある2000年間変わらない日本らしい風景や環境を次世代につなげていくことがマルトの大きな役割だと思う。」(木村さん)

幼い頃に見るもの触れるもの、思わぬところから未来への継承は始まっている。

活用の相談に持ち込まれる古民家は、既に建物の築年数やストーリーを語れる住人が高齢であるか、高齢者施設にいるためお話を聞けない、所有者は都会で暮らす息子の世代になっていて息子はあまり詳しくない、既に所有者も管理者もよく分からない空き家というようなケースも多い。

木村さんの年代で建物の成り立ちや建物の中にある道具の使い方や意匠などを詳しく語れる人にあまり出会ったことがない。

サラリーマンから転身して醤油醸造を復活させようとし、また、建物と文化を将来につながる形でうまく使いながら残していこうという想いが地域の宝なのだ。

時代の大きな転換期を迎え、伝統産業や地域の企業などを継ごうか悩まれている人も多いように思う。

価値に気づけること、また、熱意ある人と伴走できる人の存在が地域の持続性のヒントなのかもしれない。

木村さんへのインタビュー風景
まるでドラマの一場面のような佇まい

大久保さんと山上社長のインタビュー風景
背景の組子、欄間、床柱にも注目!

宿のホームページ: https://maruto-shoyu.co.jp/

この記事のライター WRITER

山野井友紀

歴史的な建物やまちなみ好き。大学時代は東洋美術史学を専攻。2008年に株式会社日本政策投資銀行(DBJ)に入社し、現在は地域企画部にて地域活性化やまちづくりなどの調査、研究を行っている。