Osteria le Terre 大野裕介さんと話す「脱人間中心の食文化」その1

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Osteria le Terre 大野裕介さんと話す「脱人間中心の食文化」その1

美味しい料理、安全な食事がしたい。みんなが言うことです。それはもちろんですが、あくまでそれは自分(人間)の楽しみと安全の話。 今、食という豊かな世界の中で人間の言い分だけが貧しく孤立してしまっているのかもしれない。イタリア料理店「Osteria le Terre」の大野裕介さんと交わす、食のいちばん根っこのお話です。

その1「イタリア料理修行」

大野 裕介(おおの ゆうすけ)1983年、千葉県印西市生まれ。
服部調理師専門学校を卒業したのち、麻布の「リストランテ ラ・コメータ」でイタリアの伝統料理を学ぶ。2008年よりイタリア各州のレストランで5年間修業。シチリアでは「リストランテ ラ・ガッザ・ラドラ」で副料理長を務める。17年7月、「大地を食す」をコンセプトに自然派イタリアン「Osteria le Terre(オステリア・レ・テッレ)」を千葉県柏市にオープン。自然から生まれる素材の魅力を料理で繋いでいる。

食材の背景を知る


岩田 和憲(以下、岩田)
大野さんって何がきっかけで、ただ料理を作るっていう状態から、違うフェーズに移ったんですか?

大野 裕介(以下、大野)
イタリアで自然派ワインって言われてる造り手さんたちに会ったっていうのが、いちばん大きかったですね。
今、店にも置いてあるんですけど、ラ・ストッパっていう造り手で。やせた土地で、無肥料、無農薬で造ってて。

岩田
火山灰とかですか?

大野
粘土質ですね。北イタリアのエミリア=ロマーニャっていう州なんですけど。
そのあたりで造られてるワインって、日常的にがぶがぶ飲むような軽いワインが多いんですけど、そのラ・ストッパっていう造り手は、自分の土地のブドウを使ってポテンシャルを最大限に引き出して、「ワイン1つで自分のその土地を表現したい」っていう造り手さんで。

岩田
へえ。

こちらがOsteria le Terreでも取り扱っているラ・ストッパの自然派ワイン。

大野
いろいろ話を聞いてて、日本の自然栽培をはじめのほうに唱えた福岡正信(*)さんの話を、

*福岡正信 … 自然農法家。1913年愛媛県出身。科学農法を否定し、不耕起(耕さない)、無肥料、無農薬、無除草を特徴とする自然農法を確立し、世界的な影響を与えた。2008年死去。

岩田
へえ。福岡さんのこと、知ってるんだ。

大野
知ってるんです。
自分はその造り手さんからはじめて聞いたんですけど。
それがきっかけで自然栽培っていうのがあるんだっていうのを知って。
ヨーロッパの自然派の造り手さんとか、けっこう福岡さんに影響を受けてる人が多くて。

岩田
向こうのほうが、早いのかな。

大野
広まり方はヨーロッパのほうが断然早いと思います。
それで、そうですね、「自分、日本人なのにそういうことまったく知らずにいて…」っていうのがあって、すごく衝撃を受けて。
それからいろいろ調べるようになったり、いろんな造り手さんのところに行って話を聞いたりとかして、オーガニックだったり食材の背景っていうんですかね、そういうところに興味がいくようになりました。

イタリア料理修行


大野
はじめ、フィレンツェから行ったんですけど、いろんな日本人がいて。家具を勉強してる人とか、バックパッカーの方とか。そういう日本人と友達になったりとかして。
そういうところで世界を回ってる人たちって視野がぜんぜん違うじゃないですか。
世界の問題だったり、こういう農業のことだったり、何かしらそれに対してアクションしたいなって思ってる人がいて。かたや自分はうちに閉じこもってそれまでは考えてもいなかった。
イタリアへ行ってそういう人たちの話を聞いたっていうのは、大きかったですかね。
同い年ぐらいでそういうことを考えてる人たちがいて。

岩田
そこがスタートなんですね。
なんで最初、フィレンツェに行ったんですか?

大野
とくに理由はなかったんですが、はじめの語学学校がそこにあって。
向こうで労働ビザを取るのってなかなか難しくて。だいたいその、

岩田
語学学校に通ってるとか滞在の理由がないと、

大野
そうですね。語学学校に通って、まず滞在の許可をもらって。
最初の学校がフィレンツェだったっていうだけで。
もともとイタリア料理って地方色が強い料理なので、いろんな地方の料理を回るつもりだったので。で、まあフィレンツェから始めようと。

岩田
そのあといろいろ行ったんですか?

大野
行きましたね。
そのあとヴェネツィア行って、ミラノがある州のロンバルディアっていうところも行って、ピエモンテ行って、北はそのへんを回ってから、そのあとナポリのほうへ回って。その次がシチリアですね。
シチリアがいちばん長かったですね。

岩田
シチリアもまた特徴があるんですか?

大野
そうですね。違いますね。
シチリアだとアフリカにも近くてアラブの影響があって。
歴史的にもその、地中海の真ん中の島なんで、支配者がいろいろ変わってる場所なので。
スペインだったりフランスだったり、アラブ系だったりとか。
なのでいろんな文化が入り混じってる。
アグロドルチェっていって、甘酸っぱいような味付けが多かったりとか。
あとはその、クスクスとかも使うんですよ。

岩田
へえ。

大野
そんなこんなで、シチリアがけっこう気に入って、合計2年ぐらいそこにいましたね。

イタリアで体験した3.11


岩田
そのときですよね。福島の原発事故があったじゃないですか。

大野
はい。

岩田
あのときっていうのは、大野さんってどういう状況だったんですか?

大野
普通に仕事場に行ったら、そこのスタッフに「あんたの国、大変なことになってるよ」って言われて。「は?」と(笑)。
で、電話とか日本にかけてもまったく繋がらない状態で。
それでいろんな友達と協力して、みんなで知り合いの実家に電話をかけ続けて安否を、みたいなことをやって。
イタリアでもニュースがいっぱい流れてきて。イタリアではもう大騒ぎしてたんですよ。放射能がやばい、って。かたや日本だと大丈夫っていう話になってたじゃないですか。

岩田
はい。

大野
結局どうなの? って。
それで、そもそも放射能ってなんなの? っていうところから自分で調べたりして。
そのとき、隠してるか隠してないかは別にして、知りたい情報とか本当のことっていうのは自分で調べないといけないんだなっていうのをすごく感じましたね。

岩田
僕はそのとき東京にいたんですけど、僕の周囲は、みんなそれほど興味持ってるようには見えなかったなぁ。持ってないっていうと語弊があるかもしれないけど、問題の大きさに対しては興味の持ち方がずいぶん小さいというか。
わざわざ調べるところまでいく人って、結局、少数でしたよね。
大野さんは調べたんですよね? どういう観点で気になってたんですか?
料理やってるからっていうのもありましたか?

大野
気になったのは、はじめは日本の家族だったり、実家の地域だったり、あと友達が福島にいたりとかしたんで、安否が気になって調べてたんですけどね。
調べていくうちに、いろいろやばい状況とかっていうのもちらほら見えてくるじゃないですか。
そのときはまだイタリアにいたので日本の食材を使ってるわけではなかったんですけど、でも、やっぱり食材は扱っているわけで、その食材自体が本当に大丈夫なのかっていうことには自然、意識が向きましたね。
そのとき28歳で。「30歳ぐらいには日本へ帰って、独立する」っていうのは具体的に視野に入れてて、帰国に向けてその最終段階に入っていったときだったので。
この先、どんどんやばくなる可能性があるって言われてる日本へ帰って店をやる? そもそも店をやるっていうこと自体どうなのか? っていうのは考えましたね。

岩田
そこまで難しくなるっていう意識もあったってことですか。

大野
そうですね。

岩田
そもそもちゃんとした食材が手に入らなくなるんじゃないかとか?

大野
はい。
それこそ日本に住めなくなるとか。「まあ、大丈夫だろ」みたいな感じには思えなかったので。
でも、震災はイタリアでテレビを通して見たわけで、自分は体験してないんですよね。
イタリアで働いてると、やっぱりイタリア人って自分の国とか地域に誇りをもってる人たちなので、自分も「僕は日本人なんだ」っていうのをいい意味で感じてて。なので、国全体の緊急事態のときに自分が日本にいなかった、いれなかったっていうことに引っかかって。
よく言えば社会貢献欲っていうんですかね。「独立して何かしらやんなきゃダメだな」っていうのを感じてて。
イタリアに残るっていう選択肢もあったんですけど。しかもちょうどそのころにカミさんが妊娠して、そもままイタリアで産めば法律的にもずっと向こうにいれるような状態だったんですけど。
でもやっぱり、日本人として帰って、

岩田
やろうと、

大野
できることしないとダメだなって思って。
なので、自分が日本に帰ってどういうものを扱ってどういう方向性でやっていくべきなのかっていうのを、3.11があって、そこからずっと考えるきっかけにはなりましたね。

Osteria le Terre で使っている雄勝硯の皿。雄勝硯は震災津波で壊滅的被害を受けた石巻市の産業。2億年以上前の地層から採取した土で作ったものだという。

次回へ続きます。

この記事のライター WRITER

岩田和憲

グラフィックデザイナー。言葉と写真もデザインも同じものとして扱っています。元新聞記者。元カメラマン。岐阜県出身。 https://www.iwata-design.com/