新潟の古民家をめぐる その1「御神木級の梁に古建築の髄を見る」

新潟の古民家をめぐる その1「御神木級の梁に古建築の髄を見る」

 もっとも良質な古木・古材がとれるのは豪雪地帯の古民家からだという。というのも雪の重さに耐えられるよう、とりわけ太い柱や梁を建材に使ってきた歴史があるからです。そして日本一の豪雪地帯といえば、新潟。新潟の古民家には異様な迫力がある。その新潟に解体予定の古民家があるという話を聞き、大工さんたちと訪ねてきました。


出発

 解体業者さんの案内で、新潟の古民家を見に行くことになりました。大工さんの運転する車に乗り込みます。3月21日朝。気温は1℃。
 長野を出発し、目的地は糸魚川の高谷根という地区です。烏帽子岳の山裾に位置する山村的集落です。

 古木について詳しい方なら「山裾の古民家」というのが何を意味するか、もしかしたら知っている方もおられるかもしれません。なぜかはあとでお話したいと思います。

 高速道路に乗るなり、3月末だというのに早くもこの天気です。さすが豪雪地帯。
 地元長野出身の大工さんいわく、今日が例年よりとりわけ寒い日というわけでもなく、例年通りだそうです。ないしは、例年より少し暖かいくらい…だそう。

 そして1時間ほど走り、新潟は名立谷浜ICに到着。
 ここで解体業者さんたちと合流して、一緒に烏帽子岳の山裾へ向かいます。
 眼前に広がる日本海。海岸線に沿って国道8号線を走り続けます。

 荒々しい日本海の海。

 このあたりの家々は、鎧ばりの家が多いです。この鎧ばりという建築技法も、なかなか奥が深かったりします。

 そして、この景色。立山の雪景色。

 早川を渡ったあたりで内陸に向かいます。
 山道を10分ほど行き、到着です。

山裾の古民家

 これです。山裾の勾配にはりつくようにある集落。鉄板で覆われた、茅葺屋根の古民家。
 「山裾の古民家」です。

 集落のそこかしこに、雪解け水が流れています。この水流も、山裾の勾配ならではの風景です。

 「山裾の古民家」というのが何を意味するか、という先ほどの話ですが、古民家に使われている材は、山から伐り出してきた木です。山で伐った木を、そのまま勾配を利用して山裾へと落とします。その材が着地したあたり、そこが我が家の土地であり、そのままそこで家を建てる。
 そんなふうに、自然や地形のロジックをうまくつかって昔の人は家を建てていたようです…と、前日、田村さんと山上会長に教えてもらった話を、さも自分の知識のように話してみました。

中へ入る

 古民家の中へ入らせてもらいました。

 この家は農家さんで、今では土間の一角にトラクターが駐車されていますが、昔はこのトラクターのある場所で牛を飼っていたそうです。

 家は3層構造になっていて、1階の土間で牛を飼い、2層構造になった屋根裏には薪や茅などを貯め、暮らしていたといいます。

 居間には囲炉裏があり、

 昔の大工さんの痕跡、木組みの姿も見えます。

 そして天井を見上げると…おおー!

 経年の積み重ねで燻された、黒光りする天井。そして、さすがの豪雪地帯、ずいぶん豪壮な梁。

 中でも天井の四方に見られる、この見事な鉄砲梁。ゆうに太さ50cmを超えてます。
 鉄砲梁は根曲りともいい、崖に育つなどして根元が曲がった木、その形を生かし天井の曲面構造を作っています。釿(ちょうな)で形を整える前は、もっと太かったはず。70cmか、80cmか? 相当な樹齢の木を伐り倒して使っています。

御神木のような古木

  クレーンも使わずどうやって太さ50㎝級の梁を持ち上げ、降ろし、修正し、また持ち上げ、修正し、降ろしたりして組み立て得たのか?
 その手間隙の度合い、手順などは、同行してくれた大工の棟梁でも、今となっては詳しくはわからないそうです。

 こうした御神木のような木を倒して昔の人が家を作ったということは、当たり前のようにこの先数百年、この建築物に住まうことを意味していたと思われます。

 御神木のような木を家の中に据える。それはお祀りなのか? その感覚は、今となってはわからない。ただ少なくとも、当然そこには、これから何百年も使っていくという前提はあるわけで、つまりそれくらいの時間的スパンのフィロゾフィーを持った民家が、ボコボコと、新潟の山裾には今もぎりぎりのラインで存在しています。しかもそれは一部の富裕層が拵える住宅ではなく、一介の農家もみな、そういう普請をしています。
 そして今、こうした古民家が急速に手放されていっています。

 持ち主さんに訊ねると、もう7年ほど空き家状態で住む人もいないので、今回手放すことにしたそうです。

 この家は、いったいいつ建てられたのだろうかと思っていると、

 道を挟んだ隣の家が山口家住宅という国指定の有形文化財で、今回手放されることになった古民家の本家にあたるそうです。
 文化財の説明書きを読むと、1779(安永8)年築とあります。

「寄棟造で、4室が田の字型に並ぶ整形四間取り、梁組が四方を釿(ちょうな)梁とするなど…」
 本家と同じ造りをしています。

 おそらく同時代の建物だと思われます。

手放されていく古民家

 古民家が手放されていく理由としてよくあがるのは、維持費がかかる、寒い、というものがあります。
 昔の人は維持できたのに今の時代の人は維持できないということは、昔の人の方がお金持だったということになりそうですが、決してそうではない…。
 昔の人は古民家で冬を過ごせたのに今の時代の人は古民家では寒くて冬を過ごせないということは、昔の日本は今より暖かかったということになりそうですが、 決してそうではない…。
 ライフスタイルや経済システムの変化で、そうした条件を、「現代人は耐えられないと見なすようになった」というほかないです。

 今回、僕を案内してくれた大工さんの1人は、1℃という気温のなか、ヒートテックみたいな薄いインナー1枚とぺらぺらのジャンパーを着ているだけでした。何年もやってるうちに、長野や新潟の寒さに、これで慣れたそうです。
 あと、路上生活者は冬を1回越すと、翌年からは比較的楽に冬を越せるようになる、という話もありますし。

 僕は、ヒートテックを2枚着て、シャツとニットとウールコートとマフラーをして行きましたが、寒くて、寒くて、しょうがなかったわけですが…。

> その2「骨組みだけの農家に免震の知恵を見る」

この記事のライター

新聞記者からカメラマンになって、フリーのデザイナーに。
なぜかこのサイトの編集長も。

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