陶芸家清水善行さんに聞く「焼き物とお茶の話」その1

陶芸家清水善行さんに聞く「焼き物とお茶の話」その1

土地の土でつくる。日本最古の穴窯でつくる。あえて困難の多い昔ながらの作陶を今も続ける清水さん。焼き物について、お茶について語るその視点は、人間の生活や文化の記憶を呼び起こし、今の日本に再提示していくような力があります。第1回は、お茶の話、そして土地の土で作る焼き物のお話です。


その1「新芽でほうじ茶をつくる」

清水 善行(しみず よしゆき)
陶芸家。1966年、熊本市生まれ。
大学卒業後、京都府立陶工専門校で作陶を学ぶ。91年より佐賀県の黒牟田焼、丸田正美窯にて修行。94年、京都府南山城村の童仙房で開窯し独立。地元の土を使ったり、時代変遷で埋もれた焼き物の魅力を再解釈して作ったりと、焼き物の魅力を独自のルーツ的な感覚で提案している。


清水さんには、陶芸家以外のもう一つの顔があります。
地元の農家さんから茶葉を買い取り、自身で焙煎してほうじ茶を作る「お茶のプロデューサー」という顔です。
このほうじ茶がとても美味しく、今では清水さん、「ほうじ茶を作る人」としても知る人ぞ知る的な存在になっています。
そもそも清水さんはなぜほうじ茶を作っているのか?
ここには、今という時代が抱える、なかなか大切な問いが含まれています。
まずはそんな話から、インタビューが始まりました。

お茶の話


清水 善行(以下、清水)
ここの童仙房っていう地域は、150年くらい前に開拓団が入ってこられて切り開かれた土地なんですよ。お茶がメインで入植してこられたんですけど、うちの村(南山城村)とか、となりの和束町とか宇治田原とかいろいろあるんですけど、宇治茶の主産地なんですね。
童仙房って標高が500m近くあるんですけど、標高からくる寒暖の差がお茶にとっていい味を授けてくれるというか。
そのなかで僕が注目したお茶が在来(在来種)なんですけど、品種改良される前のお茶。
まだこの地域に残ってて、そのお茶が今、どんどん引っこ抜かれていく運命にありまして。

岩田 和憲(以下、岩田)
そうなんだ。

ちなみに清水さんの家、居間の窓越しにはこんな茶畑の風景が広がっています。

清水
もう10年以上前になるかな。お茶農家さんのところへお手伝いに行ったときに、「いやあ、在来なんてもう商品価値がないんや」と。
だいたいお茶農家さんっていうのは農協に出荷して、それを中間業者の茶問屋さんが入札していくんですよね。
「ああ、在来かあ」って言われて安い値段で叩かれるんですって。
品種改良された「やぶきた」とかのほうが生産効率とか安定感とかいう意味で、お茶の問屋さんに喜ばれるらしく。
僕はそのとき在来っていうものを初めて知ったんですけど。
「在来は結構うまいねんけどなあ…」とそのお茶農家さんが言われて。
僕も飲ませてもらったら、すごく美味しかったんですよ。
「焙じたら余計おいしいで」って言われて。
ていうのは普通のお茶、品種改良されたお茶だと、焙じていくとすぐ焦げてくるらしいんですよ。在来種のお茶は、焙じていってもなかなか焦げてこないって言うんですよ。
ホントかなと思ったんですけど、実際、焙じてみたらそうなんですね。

岩田
へえ。

清水
で、その香りがすごくいいんですよ。在来種特有のなんともいえない芳ばしい香りが出てくるんですね。
で、それを飲んだ瞬間に、このお茶は絶対にみんなに知ってもらいたいな、と。
僕が飲み続けたいっていうのもあったんですけど、僕だけのために「お茶を作りつづけて」って言うと、農家さんも「いやあ、おまえのためだけにこんな広い茶畑残しとかれへん」と。
「じゃあ僕がいろんなところへ展覧会へ行くから、みんなで飲んでもらって評価してもらうようにしよう」と。

岩田
いいですね。

清水
とりあえず、まあ、そういう計画を練って、それが10年以上前。
それでお茶も始めたんです。

新芽でほうじ茶をつくる


清水
僕が展覧会場へ行くたんびにお客さんに飲んでもらって、じわじわじと広がってきてて。
やっとまあ、いろんなところで取り上げていただくようになり、全国展開っていったら変ですけど、北は北海道まで出荷してたりするんです。
いかんせん、少ないんですよ、茶畑が。どんどん植え替えられてしまっているので。なんとか今の農家さんには「残してくれ」って言って。
去年、僕が仕入れたお茶が40kgなんですけど、それが今、精一杯だと。
僕がほうじ茶としてお出ししてるのは、いちばん最初に出てくる新茶。4月、5月ぐらいに出てくる新芽のところをほうじ茶にしてるんですよ。
普通お茶業界の中では番茶って言いまして、1回カッターで新芽の下の部分を刈り直すんですけど、そこを大量消費というかたちでほうじ茶にして作られるんです。
でも僕はあえていちばん美味しいところの芽を、

岩田
へえ。

清水
そうなんですよ。すごく贅沢なほうじ茶なんですよ。
だからこそ、あの在来が持ってる香りの高さとか色の美しさとか味のキレとか、そういったものがでてくるし。
試しに「下の番茶の部分でちょっとサンプルでわけて。それで焙じてみるから」って言ってわけてもらったんですけど、ぜんぜん味が違うんですよ。

岩田
へえ。

清水
やっぱりそれだけいちばん最初の芽にお茶はエネルギーを集中してるんですよね。
僕にはお茶で儲けようっていう気はぜんぜんないんですけど、ただ自分が飲みつづけたいがゆえに、「お茶農家さんに作り続けてもらうにはどうしたらいいかな」という発想のもと、この計画が始まったという感じですね。

清水さんがつくるお茶「童仙房在来ほうじ茶」。お問い合わせはこちらへ。
清水善行:hilo-waltz@docomo.ne.jp

焼き物の魅力、土が持つ力強さ。


岩田
在来のものっていうのは、その土地に根付いたものですよね。

清水
そうですね。

岩田
清水さん、陶芸で使う土も「この土地の土でやれないか?」っていうのを模索されてるんですよね。

清水
実際、やってますけど。

岩田
どこかの記事で、「陶芸に向いた良質な粘土質の土がなくて、砂利とかも混じってるけど、それでもここ童仙房の土で器を作って、そういう土のクセとかをその土地で活かすっていうのが、昔の土器でもやってたことだ」みたいなことおっしゃってましたよね。

清水
はい。
僕の思考パターンとして、ルーツというのかな、そういうところに絞り込んでいくようなところがありまして。
まあ、焼き物も何千年という歴史がある中で、僕が感じてる焼き物の魅力ってのはどこにあるのかっていうのを掘り下げていくと、やっぱり素材が持ってる、土が持ってる力強さなんですよね。
今の時代、陶芸教室とかでも使いやすいようにって、作りやすくブレンドされた粘土とかそういうものが粘土屋さんで簡単に手に入るんですよ。
でもちょっと僕らはプロとして、差別化っていうかな。ものをつくっていく意味として自分はどこが違うのか、どういうところに魅力があるのかっていうところを発信していかないといけないと思ってるので。
そうなったとき、やっぱり焼き物屋が頼るところって素材の土しかないんですよ。
その素材の土にどんだけ出会えるかっていうのがわくわくすることであって、せっかくこの土地にいるんだし、もしこの土地の粘土が手に入るのであれば、その粘土を使ってみたい、と。
最初にお話ししたように、ここに開拓団が入植されてきたときに焼き物屋さんもいたんですよ。
で、童仙房焼っていわれるものがあったんですよね。

岩田
わずか4年間くらいでしたっけ?

清水
そう。わずかそれぐらいしか焼かれてないんですけど。
地元の年寄りが「清水さん、あそこが昔の粘土堀り場やで」って教えてくれたんですね。
で、その土を触ってみたいと思いながらなかなかチャンスがなかったんですけど、前回、窯を焚いたときにその土を自分で掘ってきて作って。
それがこの火鉢なんですよ。

童仙房の土で焼いた火鉢

これ、100%童仙房の土ですね。

岩田
へえ。

清水
でも、ぜんぜん粘りが少ない土なんですよね。
あと、向かいに住んでる土建屋の子が、たまたま道路工事で出てきた土を見て「清水さん、粘土やと思うねんけど、見にくる?」とか言われて。
「掘れるだけ掘って」って頼んで、4tぐらい掘ってもらったりとか。
そういう出会いの中で焼き物が作れるっていうことは、僕にとってはありがたいことであり、喜びでもありますね。

岩田
実際、この土地の土は作りにくいですか?

清水
作りにくいです。
それをなんとか形にしてるというか。

岩田
その、地元の土で作るっていう活動を始めてからは何年ぐらい、

清水
もう7、8年ぐらいになるんじゃないかなあ。
あと、旅に出たりした時もそこで粘土を掘ったりとかするんですよ。
職業病というんですか、こういうの(笑)

岩田
(笑)


次回へ続きます。

> その2「焼き物のかたち」

この記事のライター

新聞記者からカメラマンになって、フリーのデザイナーに。
なぜかこのサイトの編集長も。

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