「養蜂で里山を再生する」豊増洋右さんインタビュー その3

「養蜂で里山を再生する」豊増洋右さんインタビュー その3

日本リノ・アグリの豊増さん。農業を現代の仕事として成立させるためにずっと活動を続けてきました。インタビュー第3回となる最終回は、農業はどこへ向かっていくべきか、問題と課題、そこから見えてくる方向性などのお話などです。


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豊増洋右さんインタビュー その3

豊増 洋右(とよます ようすけ)
1976年、佐賀県鳥栖市生まれ。
東京大学文学部卒業後、経営コンサル会社「日本LCA」入社。農業分野のコンサルタントなどを経験する。2008年、一般社団法人「ap bank」に入社。オーガニックファーム「耕す 木更津農場」を作り上げる。17年、日本リノ・アグリ株式会社の経営企画室長に。持続可能な循環型農業の創出をしている。

農業の問題と課題


岩田 和憲(以下、岩田)
また話が飛んじゃいますけど、こういう休耕地を利用して農業をやろうとするなかで、市原、引いては日本全体ですよね、どういうところに問題があると思いますか?

豊増 洋右(以下、豊増)
問題をさがすと問題だらけで。問題は無数にあるんですね。
で、問題の中から課題を見つけ出すのが僕らの仕事で。
問題と課題の違いって、それが自分で変えられることか、変えられないことか、の違いじゃないですか。

岩田
はい。

豊増
なんで問題が存在するかっていうと、あるべき姿として本当はこうでなきゃいけないのにこういうふうになってるっていう、現状とあるべき姿のギャップがあるから問題ですよね。
で、問題は無数にあるように思えるときって、「どうなってたいか」っていうあるべき姿が実は明確になっていないときじゃないかと思うんです。

岩田
確かに。

豊増
市原市にしろ日本全体にしろ、問題、問題って言ってるけど、じゃあどうなってたらいいの? っていったときに、「ああ、どうだっけ?」っていう状態だと思うんですよ。「日本の農業は大変だ」って言ってるけど、「じゃあどうなったらいいの?」っていうことを示せない。
ただ、現場でそれを示そうとしながら活躍してるスター選手はいる。その人たちが示し始めてるものをただ拾っていくだけで僕はいいと思うんです。それは霞ヶ関で書けるものじゃないと思うから。
ここもそうで、「あ、こういうやり方があったんだね」っていうのを先に見てもらう。人は見たものは信じてくれるから。
そういうプレイヤーが必要で。
最初の成功事例は自分たちが作らなきゃいけない。
僕らにほんとにそんな力があるのかどか正直わかんないですけど、アホみたいに本気でそれを目指してるっていうことを表現してしまうことで、もっとうまくやれる人と知り合えるきっかけもあるんじゃないかな。
さっきの養蜂の先生も偶然の出会いで、無償で教えに来てくれてるんですよ。

岩田
ああ、そうだったんだ。

養蜂家の人見吉昭さん(写真右)。この日は日本リノ・アグリの「おひさま耕房」を訪ね、スタッフたちに無償で巣箱づくりを教えていた。

豊増
「君らが本気で覚えようという気があるんだったら、いっさい費用をもらわないから」って。「これは自分のために教えるからそのかわり本気で覚えてくれ」みたいな。

岩田
そうなんだ。いいですね。

豊増
まあでもほんとに、ここの仕事はね、「耕す」をやってたときのいちばん楽しいときのことを思い浮かべても、もっと面白そうだなっていう実感はある。

岩田
わくわくしてるんですか?

豊増
超わくわくしてますよ。

グリーンリーフの有機コンニャク事業


岩田
さっきその、「本来こうあるべき姿がどういう姿なのかっていうのが実はまだ日本ではそんなに見えてないんじゃないか」っていう話だったですけど、とりあえず「向かうカタチはこうだろう」みたいなのはありますよね?

豊増
ある。
僕、それ見てしまったんですよ。

岩田
それは実際、リノ・アグリでやろうとしてることでもあるんですよね?

豊増
ある。
あのね、群馬県の昭和村っていうところにグリーンリーフっていう会社があって。確か有機コンニャクを中心に34億円くらいを売り上げてる会社なんです。農業で34億ってめちゃくちゃすごいですよ。

そこを始めた澤浦さんっていう人がちょっとカリスマなんですけど、その人がやったことは、どうやったらコンニャクで儲かるかっていうこと。あと、どうやったら持続可能な生産ができるかっていうこと。そうなると有機栽培になるし、そのマーケットをどう開拓していくかっていうこと。それを従業員がやって幸せになるにはどうしたらいいかっていうこと。そういうことをひとつひとつ愚直にやっていっただけなんですけど。
事務所は創業した時のまんま。34億も売り上げてる会社なのに、本当に質素な社屋で。社長室なんかもないんじゃないかな…

岩田
ほお。

豊増
昔のプレハブ、コンパネ素貼りのやつがあるじゃないですか。そんな感じの事務所で仕事なさってるんですよね。
でも真ん中に、きれいな木造のペンションみたいな小屋があるんです。
「ここを別荘みたいに使ってるにちがいない」と思ったら、そこは託児所だったんですよ。

岩田
へえ。

豊増
そこに保育士さん3人雇ってるんですよね。保育士さん3人を雇うために畑を一枚つぶしてメガソーラー発電をやってるんですよ。
そうすると1歳とか2歳のお子さんがいるお母さんが朝9時に出勤してきて子どもをあずける。12時は一緒にお昼ご飯を食べられるんですよ。またお昼は仕事して4時にあがれば、3時間後に会えるじゃないですか。
そんなことを少子化だ、待機児童だといわれるずっと前からやってて。
つまり行政がああだこうだ言う前にあるべき姿にさっさとだどりついてるんですよね。

だから、お金を使う順序ですよね。
ああ、こういう経営してみたいなあって。
もしこの地区にそういう農業法人が1社あれば、たぶんこの荒れてる里山はぜんぶ綺麗になると思うんですよ。

岩田
任せてもらえると。

豊増
あと、その会社はどんどん若い子に暖簾分けしていってるんです。暖簾分けするとき絶対失敗しないように、最初、2ヘクタールの農地と売上2,000万円が見えるまでは徹底的に支援するんですよ。
生産が始まったら、そこの野菜を優先的に買う。自分のところの野菜を後回しで。そのかわり毎年決算書を送らせるんですよ。経営の内容をつぶさに見てあげて。
失敗しないように徹底的に面倒をみることで、村の中で独立したり、村の外へ行って独立したりして。

岩田
インフルエンスをどんどん拡散してるかたちですよね。

豊増
そう。

岩田
すごいね。

豊増
すごい。それでも澤浦さんは「まだまだ」って言ってるし。
歳は僕と10歳も変わらないと思うんですけど。
この人みたいになりたいなあ…そういう、思い出すと悔しくて夜も眠れない人がいっぱいいるんですけど。

岩田
その気持ち、すごくわかる気がします。

豊増
まあでも、そこから目をそむけずに。

ちょうどいい規模の経済循環


岩田
こうやって休耕地を再生しているわけですけど、最後、どういったかたちで地域に繋げていきたいですか?

豊増
「僕たちはこういうことをやりたい」と宣言しましたけど、さっきも言ったように僕たちにそれをやり遂げる能力があるかどうかは、わからない。
「じゃあそれを一緒にやろうよ」って言ってくれる人がたくさん現れて、そのうち僕らよりうまくやれる人とか、向かいの山でもっと面白いことをやれる人が出てくるかもしれない。それはお互い刺激になるじゃないですか。そんなふうにいろんなことが立ち上がっていく。
かっこいい言葉で言うと、インキュベーションタウンの、もっとローカルな感じが僕らの目指していることですよね。
東京から観光バスに乗ってたくさん人がやってくればいいわけでもないですし。
ちゃんとした経済循環。ここにとってちょうどいい規模の経済循環があれば、それはずっと持続していくでしょうから。

岩田
それは本来あるべき産業の姿として、ですよね。

豊増
そう。むやみに膨れすぎると続かないっていうのはありますよね。

岩田
その本来あるべき産業の姿っていうのは、自然や人間に負荷を与えないっていう考えもあるんですか?

豊増
負荷は与えると思うんですけど、別の形でちゃんとバランスを保つ。
確かにこの部分では僕らはいいところ取りしたかもしれないけど、ここの部分ではお返しするよっていう。そういう経済活動じゃないかな。
負荷を完全に与えずにやれるのがいちばんいいですけどね。
僕は酪農家の生まれでずっと生き物を飼ってきたから、人間が罪深いっていうのはよくわかっているので。
人類は地球を破壊し続けてきたので、その罪から逃れようとは思わないんですけど、せめて自分がやったことに対しては、埋め合わせぐらいはちゃんと返せてるかなあ、と。
今日もコンビニ弁当食べて弁当容器を捨てるんですけど、そのぶん花を植えましたから、みたいな(笑)。

岩田
ですね。負荷を与えてるんですよね。
それを前提に話せるのは、すごくいいですね。
今日はありがとうございました。


これで豊増さんのお話はおしまいです。
お読みいただきありがとうございました。

取材・構成・写真:岩田 和憲

この記事のライター

新聞記者からカメラマンになって、フリーのデザイナーに。
なぜかこのサイトの編集長も。

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