テーマは「日本を住まう」。鎌倉に古木で旅館を作る岸さん夫妻にインタビュー。

テーマは「日本を住まう」。鎌倉に古木で旅館を作る岸さん夫妻にインタビュー。

旅と宿のあり方に新しい流れが起きている。岸さん夫妻は今、鎌倉の海岸沿いに古木で旅館を作ろうとしている。テーマは、日本を住まう。ただの消費観光ではない。泊まることに文化的体験、社会性を含ませようという。それが岸さんの見る旅の醍醐味だからだ。そんなご夫妻に、お話を伺いました。


岸信之さんと、仁美さんの夫妻は、今、鎌倉の海岸沿いに古木を使って旅館を作ろうとしています。Airbnb(※)で民泊という旅の仕組みが生まれ、さらにそのコンセプトを昇華させようと。現地に住むように旅をする。そんな新しい宿のかたちが、生まれつつあります。

※Airbnb … エアビーアンドビー。宿泊施設・民宿を貸し出す人向けのウェブサイト。自分が所有ないしは借りている物件を宿泊施設として提供するユーザーと、そうした宿を探しているユーザーを接続するオンライン市場で、いわゆる民泊のシステムを作り出した。

日本の古いものへの興味


いわた:古民家に興味を持つようになったのは、何かきっかけがあったんですか?

仁美:わたしは最初、古民家ではなくて。
父が建築卒業で、家具のデザインをしていて。
もともと木材は好きで、それで、木も扱えるし、物のデザインもできるなと思って、プロダクトデザインの道に進もうと美術大学に入り、それからパナソニックに入社したんですけど。そこで内装建材の部署に配属され、建築に携わるようになりまして。
で、わたしの上司に古民家好きな人がいて、そこから内装の建具とか家の建物とか古民家とかに興味を示すようになって、夫と共有し始めたというのがあります。
もともとわたし、独立願望が強くて、いつかサラリーマンをやめて自分1人でプロダクトデザインをやりたいなと思っていたんですけど、偶然タイミングが。

信之:僕は、海外で働きたいって思いがあったんですよ。なんですけど、小さいころから古典的な教育をされていたんで、気付いたら根源的には日本のものが好きだったっぽくて。

いわた:古典的な教育っていうのは、どんなことですか?

信之:先祖を大事にしろとか、これは代々伝わるものだとか、神棚で毎日拝んだりとか。

いわた:ああ、日常の慣習のような、

信之:それが普通だと思って育ったんですけど。意外と周りの方を見てるとそういうの普通じゃないんだなと、最近になって気づいたんですけど。

いわた:ええ。

信之:ただ、もともとそういう育てられ方をしたんですけど、一方で世界の人とコミュニケーションをとりたいと思って、交換留学へ行ったり、いろいろ旅行したり、ホームステイとかもしたり。
仕事も商社で働いてたんですけど。そんなことしながら、世界の人とコミュニケーションをとりながら日本人としての誇りを持てる仕事ができるといいなあとは思っていましたね。
それでちょうど1昨年、Airbnbでハネムーンに行って、すごいいい思い出があったんで、こういう仕事ができたらいいなと思い調べているうちに、「できるんじゃないか」と思いだして。

信之:しかも、こうやって僕のこみあげてくるものをいちばんきれいに思っている通りに表現してくれる存在(仁美さん)がちょうど傍にいたので、タイミングがきてるなあと。
僕、ずっとサラリーマンでいようと思ってたんですけど、祖父が亡くなったのをきっかけに、自分の思うところ、日本人として目の前の人生をどう生きるかっていう思いがこみあげてきて。

仁美:岸家16代目の当主なんですよ。いちおうちゃんと続いてる家で。

いわた:旧家ですか。

信之:岡山の、ですね。戸籍も岡山で。でも岡山にはずっと住んだことないんですけど。

鎌倉という立地


いわた:鎌倉を選んだのには何か理由があるんですか?

信之:育ったのが東京なので、「じゃあ東京でやれば」っていうのも思ったんですけど、ちょっと宿には良くないなと思って。
京都とか北海道とか四国とか、いろいろ調べて、自分のなかでいちばんいいなと思ったのが鎌倉。
鎌倉がいいなと思ったのは、僕の家系が武家の家系で、古都で武家といえば鎌倉っていうのもあったり。あと、大学時代ウィンドサーフィンの活動を鎌倉でやっていて、大学生活をほとんどそこで過ごしてたので、知ってる土地だっていうのがあって。
友人や先輩もそのあたりで農家をしてたりとか、近所に住んでたりとか。
土地勘もわかってマーケットもありそうだなと。そういうところで判断して、鎌倉にしました。

いわた:鎌倉のどのあたり?

信之:鎌倉の坂の下、由比ヶ浜。

仁美:長谷寺、大仏の近く。

信之:その海沿いに土地を買って、やろうとしてます。

写真:岸信之

写真:岸信之

日本を住まう


いわた:どんな旅館にしようと思ってます?

信之:大きくは「日本を住まう」ていうのをテーマに。
外国の人にも日本の人にも、古き良き日本のエッセンスを感じていただけるような宿にしたいなと思ってるんですね。
それはなんでかというと、自分が旅行をしてきていちばん旅行の価値を感じたのは、普段自分が体験できないことを体験して、かつ人間とのかかわり、社会性をもった経験ができるのがいちばんの醍醐味だと思ったんですね。

いわた:ええ。

信之:例えばアメリカの人が日本にきて、日本に住まう。
アメリカ人としても住むけど日本人としても人生を生きる。これってすごい豊かなことだと思うんですけど、そういう社会性のようなものを含む体験って、基本的に今までの仕組みだと、留学するか、移住するか、まあどんなに短くてもホームステイするしかないと。

いわた:ええ。

信之:でもそれが、Airbnbによって概念が崩れつつあるなと思って。
現地の人が住んでる場所に住める。最近はもっと深まってきて、現地の人たちが提供する体験メニューのようなものもでてきてて。
それって、留学したりホームステイするような長い時間を、まあ言い方悪いですけど、お金で買って、自分の人生の1ページに塗れるということでもある。

いわた:そういうところに旅の醍醐味があるんじゃないかと。

信之:はい。それは贅沢なことでもあるし、人間としても豊かになれる大事なことだと思うんですよ。それをコンセプトを落とし込むと「日本に住まう」ってことだと。
じゃあ、「日本に住まう日本人ってなんなんだろう?」と思ってですね。

知足の宿


いわた:生活ですね。

信之:日本に住まうって、もうちょっと言うと「知足」だと思ってるんですけど。

いわた:足りるを知る。

写真:岸信之

信之:禅の言葉で、足りるを知る、ですよね。環境を活かして、その状況の限界を知りながらそれを工夫し、ポジティブに楽しむ。
こいうのが日本人の精神なんじゃないかなと思っていて。
海も山もあるんですけど、資源も少ない、住みにくい環境ともいえる。
でもそのあたりを昔から日本人はうまく「知足」っていう概念でもって、面白く生きてきたんじゃないかなと思っていて。

いわた:ええ。

信之:なので、そういうのを体験したり、家に帰ってもその体験が継続的な意味を持つような何か。
いわゆるラグジュアリーな経験だけじゃなくて精神的な充足も提供することで、「日本を住まう」っていうコンセプトを具現化できるんじゃないかなと思ってるんですね。

写真:岸信之

いわた:具体的にはどんなことがあり得ますかね?

信之:例えば、椎茸栽培のような、いわゆる農作業体験もいいでしょうし。農作業でも世界ではあまり作ってない、日本独特の環境だから作ってるものもあったりするんですよ。
あとは、枯山水をその宿で作ろうとしてるんですけど、枯山水っていうのは、水の引けないところで池の代わりに作り出された庭で、発想をちょっと変えた庭なんです。

いわた:知足の庭なんですね。

信之:そうです。で、その枯山水の波紋も、お客さんがトンボをかけて作れるような宿にしようかなとか。そういう、ちょっとした体験ですね。
うちも岡山の禅宗の菩提寺なので、知らず知らずのうちにそういう知足っていう概念が僕の中にも入ってたのかなあ。

いわた:うんうん。

信之:僕たちが実際見て体験していいなあと思ってきたものを体験できるようにコースとして提供する。それプラス、僕らのコネクションを共有してあげる。日本っていう国を第2の国と思えるような宿泊体験型サービス。
そういうコンセプトですね。

1棟貸しの旅館


いわた:旅館はどれくらいの規模感なんですか?

信之:土地が90坪ぐらいなんですよ。2世帯住宅みたいなイメージで。1棟貸しで、1つのグループだけ。

いわた:それはなかなか立派ですね。

信之:僕らも、そんないっぱいは見れないだろうっていう現実的なところもあって。

いわた:いつオープンを目指してるんですか?

信之:オープンは今年(2017年)中。最短で10月。

いわた:旅館やろうって思い始めたのは?

信之:調べたり動き始めたのは去年の6月くらいからですね。

いわた:えっ、早くないですか?

信之:早いですか?

宿のイメージ図(部分)

信之:めっちゃ考えに考えて熟慮に熟慮を重ねたんですけど(笑)。
そのときは仕事でタイに海外出張してて。海外出張って落ち着いていろいろ考えられるじゃないですか。機内でお酒飲みながら「ガーっ」てブレストしてメモを書いたんですね。
そしたらこれ、やったほうがいいなじゃないかってなって。
土日の出張だったのでそんなに忙しくもなく、ほとんどホテルに缶詰だったので。
そこでずーっと考えて、やろうって決めて妻に伝えた感じですね。
伏線はもっといろいろあるんですけど、覚醒したのは一気でしたね。

仁美:帰国したら「俺、仕事やめるわ」って。「あっそう、やめな」って(笑)。

いわた:なんか、その感じ、伝わってきます(笑)。

これで岸さん夫妻とのお話は終わりです。
お読みいただきありがとうございました。

この記事のライター

新聞記者からカメラマンになって、フリーのデザイナーに。
なぜかこのサイトの編集長も。

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