【後編】日本建築の原点は「古木」。その魅力と効果的な使い方を考える -家具デザイナー・小田原さんに聞く

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【後編】日本建築の原点は「古木」。その魅力と効果的な使い方を考える -家具デザイナー・小田原さんに聞く

家具デザイナーである小田原 健さんが、長野県大町市にある山翠舎の古木倉庫を訪れた。そんな小田原さんに古木や建築、家具製作の未来についてお話を伺う対談の第二弾(後編)。

(小田原さんのプロフィール)
小田原 健(おだわら たけし)/家具デザイナー
1934年、静岡県浜松市生まれ。16歳の時にアメリカの工業デザイナー、レイモンド・ローウィの本を読み、デザイナーになることを決心する。1954年東京芝家具業界で昭和を代表する木工名人の三輪磯松氏に出会って木工技術とデザイン力を習得。東急電鉄五島慶太氏の専任デザイナー宮内順次氏の助手を4年間務めた。若くして東京芸術大学の教授であり建築家の吉村順三に見出され、設計協力。28歳で東京芸術大学建築学部の講師に抜擢される。さらにヤマハの家具事業部の指導を40歳~50歳の間行った。スウェーデン大使館家具事業部指導、ジェトロ派遣指導員(フィリピン家具産業育成)、スウェーデンパイン材の有効活用企画、長野県森世紀プロジェクト発足親方など、国内外で木工家具の開発研究指導を行ってきた。現在は一般社団法人ARTISAN日本の理事長として、日本の建具職人の技術を次世代に伝えるプロジェクトを進めている。

山上=山上 浩明
小田原=小田原 健さん
※以下敬称略

カンナは世界に誇る大工道具。優れた職人は木の状態に応じて刃の焼き方まで変える

山上
住宅産業にも芸術的な視点が必要というところ。もう少し噛み砕いて話していただけますか?

小田原
名画やクラシックを鑑賞するといった話ではないんです。私には、「こんなところにも芸術的な視点が潜んでいたんだ!」という体験があります。
職人時代だったある日、親方が「今日は木をカンナで削るから、炭で火をおこせ」と言うんです。木には柔らかいところと硬いところがある。木の性質や状態に合わせて刃の焼きの入れ方を変えるんです。そうして削ると木が生き生きとした仕上がりになる。

山上
木の見せ方ひとつまで徹底してこだわるのが芸術的な視点ですね。

小田原
板1枚削るのも芸術です。品格と言い換えてもいい。小さなことにこだわりながら全体を形づくっていく。品格は、そういうところから生まれるものでしょう。

山上
ヨーロッパでもカンナを使うのですか?

小田原
ヨーロッパの家具製品ではカンナを使わないです。カンナのように削る道具はあるけれど、削るというより、むしっている。だから、最後はサンダーで磨くことになる。サンダーを使うと、木肌が細かくめくれてしまうので、そこに埃や汚れが付着して劣化が早まってしまう欠点があります。

その点、日本のカンナで削った木は水をはじくので、なかなか劣化しない。理にかなっているんです。例えば接着剤で貼り付けた板を職人がカンナで削ると、水につけても離れない。接着剤の効果というより、板のすき間にある空気が抜けてピタッと吸いつくんです。

うーん、なるほど…。聞き入る、山上。

山上
カンナを扱う技術も芸術の域に達している。

小田原
ある新聞記事に「日本の職人を世界に輸出したい」と書いたことがあります。「カンナを持って飛び出して行け。世界中がびっくりするから」と。世界のどこにもないんですから、日本のカンナがけした仕上がりの木は。
19世紀のウィーン万博では、日本の職人が現地に出向いて神社や日本庭園をつくって大好評を得ました。現場では職人がカンナを使って木をサーッと削ったんですね。その光景を見たオーストリアの皇后が「あれは一体何だ」と。これを伝え聞いた職人が削りくずをきれいにたたんで召使いに渡したところ、皇后は持ち帰ってとても大事にしたという逸話が残っています。

山上
カンナも世界に誇れる日本の財産ですね。

小田原
はい、私が見たところ、海外には日本のカンナと呼べる代物はありませんね。
カンナの土台はシラカバやカシの木なので、湿度によって状態が変わります。職人は毎日土台の様子を確認して、ちょっと台直しをやってから仕事に入ります。カンナも生き物なんです。

山上
職人は道具をそこまで突き詰めて考えている。だからこそ木の質感に合わせて刃の焼き具合まで変えることができるんですね。

小田原
そうです。カンナの台が完璧だと本当に真っ平らに削れます。今のカンナは裏金があります。裏金があることで、逆目を止めるブレーキになっている。職人が最後の仕上げを行うときは裏金のないカンナを使います。これを使うと完璧に削れますから。

山上
なるほど。お話をうかがっていると、小田原先生が勉強されてきた名職人の技術、こだわりといったものをどうやって伝えていくかが大事だとわかります。

小田原
私の知識を多くの職人に伝えなくてはいけないと実感しています。

古木をカンナやチョウナ、ミノを使って削っていく山翠舎の職人たち

高層マンションの建設ラッシュに湧く建築業界への提言

山上
首都圏では高層マンションの建設ラッシュが続いています。こうした傾向について、どう思われますか?

小田原
クライアントの関係で高層マンションに立ち寄ることがありますが、よい環境とは思えないですね。新建材でつくった地上数十階の室内にビニールクロスを貼った空間で暮らしている。これでは体調など整いません。子どもの成長も心配になります。

山上
高層建築…。言ってみれば江戸時代の城もそうですよね?

小田原
国内の城でもっとも天守が高いのは兵庫県の姫路城で、高さは31.5m。首都圏の高層マンションには高さが200mを超えるものもあるので、7倍近くもあります。ある意味城の高さは人間の度量の範囲と言えるでしょう。

山上
なるほど。

小田原
江戸時代の大名は職人をとても大事に扱いました。堅牢な大名屋敷をつくれるのも職人がいればこその話なので。そうした扱いが日本の建築文化に大きく貢献してきたと考えています。

山上
首都圏、とくに都内では一部の人しか戸建てのマイホームを持てなくなっており、マンション住まいを選んでいる家族が圧倒的に多いです。この現状はいかがでしょうか?

小田原
はい、大きな話になってしまいますが、個人的にはマンションの建設基準を根本的に見直すべきだと考えています。

山上
具体的にはどういうことでしょう。

小田原
木の柱がよいのか、アルミ製の柱がよいのか。シンプルにそう考えたとき、アルミの柱を触って喜ぶ人などいません。では、木の柱を使えるかというと消防署の人間は「ダメ」だと言う。だからマンションでは使えないのです。
しかし、実際のところ火災が発生するとアルミは簡単に溶けちゃうんです。火災の事故現場を見ると、それがよくわかります。一方で、たとえば木製サッシなどは着火しても溶けることはありません。

現行の建築基準法の問題点について議論が交わされる

山上
木の表面が炭化したらそこで延焼は止まるからですね。

小田原
そうです。その辺の事情を消防署のスタッフは全然わかっていない。だから、建築基準法の改正は私たちが先頭に立って訴えていかなければならない。

山上
木の業界を味方につけないといけないですね。

小田原
実は木にも問題があります。化学品を含侵させて不燃化しているメーカーがあるからです。これを行うと木肌の質感が変わるし、香りもなくなる。さらに不燃加工したから絶対に燃えないかというとそうではない。すべて燃えています。

山上
不燃加工しても燃えるんですね。

小田原
規則に縛られて、不燃化を実施した不自然な空間で暮らしているのが実情です。もうちょっと人間として日常生活の快適さを大事にしなきゃいけないと思いますね。

神奈川県庁の建物は古くて素晴らしいのですが、以前、1階の廊下200mにわたって県産のスギを使った高さ120cmの腰板をびっしり貼ったことがあります。そうしたら「不燃化しなきゃダメだ」と言われて、長野県の工場で不燃化する造作を行いました。酷いものです。香りがなくなったどころか、何か変な臭いまでするようになって。

山上
施設の内装は今も残っているのですか?

小田原
今もそのまま情けない格好で残っています。せっかくの木を不燃化するような事態を避けるには、定められた場所にきちんと消火器を設置して、消火訓練を定期的に実施するのが現実的です。「不燃材を使っているから安心」などと言っているうちにバーッと燃え広がってしまいますから。

劣化と風化の違いを正しく認識する

山上
消火器やスプリンクラーを必要な場所にしっかり配置して、その代わり無垢の木を使うといった交渉が必要になりますね。

小田原
それが実現すれば、日常生活がどれほど快適なものになることか。今の時代に合う新しい生活スタイルを構築する必要があります。

山上
新建材の家と無垢の木の家を同じかたちで並べて、同時に火をつけたらどちらが燃えるか。そんな実験をしたら、木のほうが燃えないかもしれない。

小田原
そうですよ。木のほうが優れている。
耐火性の話とは異なりますが、北欧のスウェーデンでは、建築基準法によりアルミサッシの設置が禁じられています。すべて木でないといけない。
なにしろ寒い国ですから、冬期はマイナス20度に達することもある、それでも室内はプラス20度に保たれていて、真冬でもTシャツ1枚の姿で冷たいビールを飲んでいる。
これは木製サッシだからできる。熱の伝導率の高いアルミサッシではできないのです。

山上
日本には樹脂サッシがありますが、あれはどうですか?

小田原
樹脂とは言ってもプラスチックです。ある年齢がくるとガタっと劣化するんです。これはもう避けられない。

山上
たしかに、プラスチックは必ず劣化しますね。

小田原
「劣化と風化を間違えないようにしましょう」。これは私がしばしばセミナーで口にする言葉です。

山上
風化というのは経年変化というイメージですか。

小田原
風化は美です。手入れを続けてきた本物の木は古くなるほど美しくなる。人間も80歳とか90歳になると「いい顔になったね」と言われるじゃないですか。

山上
豊かに人生を重ねてきたお年寄りは、とても素敵なお顔をしていますね。

小田原
スウェーデンには新築から70年間壊してはいけない条例があります。だから100年、200年と暮らしても腐らないし壊れもしない。もうひとつ大事なのがバリアフリー。これが徹底している。

山上
日本では竣工から40年も経つとマンションを取り壊すことがある。

小田原
そうです。実際には、古木は100年以上もつわけです。これは山翠舎さんがすでに実証しています。日本でも100年以上暮らせる家をつくることができるのです。

変更ではなく進化。職人とデザイナーのよい関係が上質を生む

小田原
ほとんどの人が吉村順三先生に「教わった」と言うけれど、僕は「教えてあげた」と言っています(笑)。そういうことを言うのは私だけ。吉村先生からはデザイン哲学を学び、技術は親方から教わりました。
吉村先生のスケッチからそのまま家具の図面を起こしたものは、通常の職人であれば3日で壊れてしまう。だから「私なら50年壊れないものをつくりますよ」と言ったんです。これが職人とデザイナーの正しい関係です。

山上
デザイン哲学で言うと、吉村先生の「その土地の一番古いものを見なさい」という言葉が印象深いですか?

小田原
その言葉も脳裏に焼き付いていますが、「インテリアのデザインから建物のかたちが決まる」という言葉も強く印象に残っています。「インテリアデザインって何ですか?」と聞くと、「家具の配置だ」と返答されました。
テーブルや椅子、キッチン、収納棚…こうした必要な物すべてを配置して人間の生活機能が生まれる。それを床、壁、天井で囲んだものが家だと。

山上
囲む側から設計するものじゃないということですね。

山翠舎が古民家を移築して手掛けたゲストハウス。屋外の風景を切り抜くプランが印象的(山梨県河口湖)

小田原
吉村先生と土地を見に行ったときのことですが、風景を見ていると、いきなり「ここにソファを置け」と言われました。地べたにソファを置けと。そのソファに座りながら「あの風景をここから見るには窓が必要だ」と言うんです。窓のプロポーションはこんな感じ、高さはこうとどんどん決まってくる。

山上
主人がソファに座ってもっとも満足できる設計プランを練っているんですね。

小田原
そんなことをしながら、「椅子の配置ができる建築家が日本にはいない」と言う。そこで吉村先生自ら日本建築の建造物に椅子を並べたんです。これがものすごく上手い。

山上
その椅子をつくっていたのが小田原先生ですか?

小田原
吉村先生のスケッチを元に私が設計図を描くんです。そうすると、先生が「これがいいな、こんなふうにしよう」と変更を伝えてくる。
翌日の朝、先生と打合せをする段になると全然違うことを言い出す。他のスタッフは「また変更ですか?」と渋い顔をするのだけれど、私の中に変更という言葉はないです。「先生、また進化しましたね」と。すると「わかったか!」と自慢するように言うんですね。

山上
それはとても良好な関係ですね。

小田原
吉村先生が言うには「一晩寝て進化しないようではダメなんだ。だから変更じゃない。進化した姿を見せているんだ」と。

山上
まさしく金言です。

夏涼しくて冬暖かい竪穴式住居。古代人から土地の選び方を学ぶ

山上
環境に興味を持つデザイナーは本当に少ない。小田原先生のような人にはめったに出会いません。私はそれにびっくりしています。

小田原
建物のかたちは環境から生まれるじゃないですか。「その土地で一番古い建物を参考にしなさい」というのは、環境にも配慮しなさいということ。
カタログを見て家をつくるなんて論外です。家のかたちはエリアごとに違っていて当然です。どこから風が吹くのか、西日の入り方はどうとか、そういうことを考えるのが設計ですから。

山上
そうした条件を考えてつくられているのが古民家ですね。

小田原
その通りです。そう考えると、古民家よりもさらに下って古代人の住まいのほうが参考になることもあります。

山上
どういうことですか?

小田原
たとえば竪穴式住居ですが、土地の決め方が本当に完璧です。土砂崩れしない、水害を受けない、風害もない。さらに光の差し込み方、風通しが最適な場所を選んでいます。その選び方がとても参考になる。

古代人の英知が結集してる竪穴式住居

山上
なるほど!

小田原
私たちは「開発」という言葉に憧れる傾向にありますが、そもそも開発してはいけないんです。太陽の位置や風通しといった原点ありきで設計を考えないといけない。無理やり開発するのではなく、土地に合わせる。これをベースにしながら、現代的な要素を加味して家を建てることが大切です。

山上「竪穴住居から土地の選び方を学ぶ」というのは面白い発想です。
小田原
竪穴建物跡のすり鉢型の土地を見に行くと、なるほどなあと感心します。
私の仲間の丸谷君は「そらどま」という会をつくり、全国を飛び回って住宅セミナーを開催しています。
その彼が「玄関土間にむしろを敷いて寝てみろ。気持ちいいぞ」と盛んに勧めてきます。「夏涼しくて冬暖かい。これが古代人の家の原点だ」というわけです。

山上
それは体験してみたい。何よりまず感じてみないといけないから。ノウハウ的なところでいうと、これからは「椅子を置いてからデザインプランをつくりたい」と言う人が出てくるかもしれない。そこからどの会社に依頼するといった発想が生まれてきたらおもしろいですね。

小田原先生と話していると、どんどんビジネスのアイデアが湧き出てきます。今日は貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。


これで小田原さんとのお話はお終いです。
お読みいただきありがとうございました。

                              文・横内信弘

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