木更津で胎動する食文化と職人の未来・前篇—ブッフルージュ野口さんに訊く

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木更津で胎動する食文化と職人の未来・前篇—ブッフルージュ野口さんに訊く

戦後、生産効率と引き換えに人と自然の営みが破壊されていった農漁業。ファストチェーン化などで職人技術が流浪化していく飲食業。いったい僕らは今、どんな料理を口にしているのか? 料理とは? 本来あるべき食文化とは? 古木を使った木更津の名店ブッフルージュ、オーナー野口さんを訪ね、その眼差しと実践を取材しました。

木更津で胎動する食文化と職人の未来・前篇

野口 利一(のぐち りいち)株式会社ごはんクリエイト代表。
1982年、千葉県木更津市生まれ。18歳で和食料理人の世界へ。寿司・ふぐ・鰻屋などを渡り歩く。25歳で居酒屋などを経営する飲食会社に入社、翌年、総料理長となる。2013年、30歳で独立。日本酒を軸とした居酒屋「ごくりっ」を故郷の木更津にオープン。15年には洋食とワインの店「ブッフルージュ」を開店。体に優しい食材の普及と料理人技術の継承を、店舗経営を通して実践している。

若手を指導できるお店を作ろう


岩田
居酒屋からイタリアンまでの総料理長までやってきたけど、野口さんは独立したわけですよね。自分の店を持とうと思ったのは、そこに何か実現したいものがあったんですか?

野口 利一(以下、野口)
そうですね。前の職場で総料理長という立場になったこともあり、ある程度効率化を進めていく仕事をしていたんですね。それはそれで楽しかったんですけど、一度出来上がってしまったシステムで利益が出始めると、そこを崩せなくなり。

岩田
何店舗くらいあったんですか?

野口
自分が最後いたときは、6店舗ですね。
自分が作ったシステムだったんですけど、

岩田
ああ。わかります。

野口
自分の思いとは別に、効率化を図りすぎたんでしょうね。で、まあ、結果が出たら出たぶんそっちの方向性になっていくっていう。
やっぱり労働時間を守って効率化を求めるっていうことは、一方で、若手のメンタルというか、向上心みたいな大事なところを育てるのには難しいところもあるように感じて。なので、直接、若手を指導できるお店を作ろうと。できれば自分はオーナーとしてやって、そこで若い子たちが技術をおぼえ、お客さんに対しての接客もおぼえていけるような、そういう小さいお店を持とうと。
けっこう料理人って、ウチな人間が多いんですよ。

岩田
ウチっていうのは?

野口
表に出て行かない。まな板に向かってずっと1人仕事してる。そういうのが多くて。
性格があんまり開けた人がいないというか。

岩田
職人気質っていうか?

野口
そうですね。それで、接客は苦手だけど料理は上手い、みたいな人はけっこういるんですよ。

なぜ居酒屋には若い働き手が集まるのか?


岩田
野口さんはそういうタイプではなかったんですか?

野口
僕はもともとはかなり…

岩田
内側の?

野口
はい。

岩田
どこかで変えたんですか?

野口
変わらざるを得ないというか。まあ、そういう料理人のありかたに疑問を持ってはいたんですね。
僕はもともと親方についてたんで、たぶん今の子たちに比べたら余計、職人気質が強かったと思う。オーナーよりも親方がノーといったらそれに従う。オーナーのいうことを聞かない。
本来、それは違うじゃないですか。雇われているならオーナーに従うべきなのに。

岩田
いやあ、でも、気持ちはわかる気がしますよ。

野口
そうなっちゃうと、かなり組織に向かない人間になっていきますよね。
親方についてるときに、一方ではそういう疑問を抱きながら。

岩田
自分の店を持ってまで直接若い子に何かを教えたいっていう、なんでそこに強い興味を持たれたんですか?

野口
料理人としてちょっと悔しい思いをしたっていうのがあって。
親方のもとを離れて居酒屋さんに入ったのは、なんで居酒屋さんには若い働き手がこんなにいっぱいくるんだろう? と。
やっぱりね、割烹とか料亭とかにはそんなに若い子はこないわけですよ。

岩田
ああ。

野口
なんで居酒屋には若い子が集まるのか。居酒屋に興味が向かったのはそこなんですよ。
そしたらまあ、入ってみたら給料が高かった。
板前に比べたら給料が高いですし、休みもありますし。

岩田
ああ。

野口
それはなぜなのかって、経営を勉強して思ったのは、たぶん、単純に言うとドリンク比率だったりとか。飲食店でも、料理を売りにしてる店とお酒がメインの店とでは、作業効率に対しての売上、利益率が違う。
単純にですけど、料理で500円いただくものには、仕込みとかも入れて30分くらい時間がかかってたりするじゃないですか。でもビール1杯には、1分くらいの作業で500円の売上が立てられるじゃないですか。

岩田
はい。

野口
そっちのほうが利益率がいいから、労働時間に対して給料還元がうまくいく。

岩田
そうですね。

野口
もっと単価の高いものになればそれも逆転してくるわけですし、決してそれだけじゃないとは思うんですけど、まあ一般的に、一食あたり5,000円ぐらいまでであれば、ドリンク比率を高くしたほうが効率良く利益が生まれるんだろうなっていう。結果、居酒屋のほうが給与水準が高い。
それで、若い子たちを育てたいっていうのは、当時、親方についていろんなお店へいって働くじゃないですか。どこへ行っても自分より若い子っていなかったんですよ。ずっとそこに疑問を抱いてて。なんで若い子が入ってこないのだろう。自分の将来を想像するわけですよね。俺、40歳になっても下のわけないよなあ…とか。

岩田
ああ(笑)

野口
でも40歳になったとき20歳の子が入ってきたとして、それを受け入れられる自分がいるのかな…とか。
であるならば、25歳のうちに20歳の子を育てたほうがいいわけで。
そういう技術や経験を継承していかないと、まずいんじゃないかっていうのを考えて、人が集まってくる居酒屋さんに。
でも居酒屋さんは人が集まってくるけど技術レベルは低いわけですね。そこのレベルを上げるにはどうしたらいいんだろうと。それでも入口は広いので、何人か入ってくる若い子たちの中で、もうちょっと高い技術を学びたいっていう子たちがいたりするんですよ。
そういう子たちと触れていく中で思ったのは、やっぱり入ってしまえば、それを自分の仕事だと判断して「もっと高いレベルでやりたい」と言ってくれる子はいる。

岩田
そうでしょうね。

野口
そこで効率だけを追いかけてると、その子が独立したとき、自分に商売ができる技術があるかどうか。会社にいればシステムにのっかった商売だから利益が出てるけど、自分が独立したときにその子に技術がなければやはり勝負にならない。だからそこを教えていかなきゃっていうのがあって。
小さいお店で直接指導してあげられれば、それを伝えることはできるんじゃないかっていう考えで。お店の規模もこれぐらい。使う食材も一定基準より上のものを使って。田舎だけどこれぐらいの単価は取るぞっていう設定を組んで、独立したんですけど。
だからなぜ独立したか、なぜ後任を育てたいかっていうと、危機感ですよね。

流出していく料理の職人たち


岩田
技術が一般的に板前の世界のほうが高くて居酒屋のほうが低いのに、支払いは居酒屋のほうがいい。その仕組みは、確かにちょっと悔しいですね。
ただ職人の世界は、若いころは丁稚奉公みたいな、給料はほとんど無給みたいなものでも、年を重ね自分が教える立場になってくるころには給料もしっかりしてきて、生活が美しい形でまわるみたいなイメージもあるんですけど、実際は、そうでもないんですか?

野口
たぶん、昔はそれだったと思うんですよ。例えば親方が100万円とって、二番手が30万円、後の子たちは10万円代、一番下の子なんかはお小遣い5万円みたいな。

岩田
今の時代も続ければそうなれるんですかね?

野口
どうなんだろう。知り合いで何人かそうなれた人もいるけど。
でもずっとやってきた人たちが一定の水準を超えてくるかといえば、今は逆に下がってきてるっていうふうに俺は見てるんですよ。

岩田
時代の流れでですか?

野口
ようは、職人の働ける店がなくなってきてるんですよ。料亭とか、自分たちがいた土俵がなくなってきてる。潰れていってる。その技術を高く買ってくれるお店が減ってきてますよね。
一方で今、居酒屋は増えてますよね。だから居酒屋の中に職人さんたちが流れてるんですよ。

岩田
ああ。

野口
例えば、ふぐ。昔は料亭とかでしか食えなかったものが、今、ファミレスでも食えちゃう。じゃあ、「その技術っていらないじゃん」ってなってきちゃうんですよね。
そこにはホントは職人としての、プロの目利きから入る技術があるわけです。機械でスライスをかけた刺身と、専用の包丁で職人さんが長年の技術で切ったものとではぜんぜん違うんだけど、その違いにお客さんが価値として納得していないというか、ファミレスの価値に負けちゃったってことですよね。

岩田
ドライな話ですよね。

野口
それが僕の悔しい思いなんですよ。負けちゃうんですよ。
「そんなに高いお金を払うのならファミレスでいいよね、だって食べれちゃうもん」って。「同じふぐなんでしょ?」みたいな。
いや、そもそもふぐも違うんだけど。でもその価値を求めてないっていう。
そうなってくると、職人さんの働く場所も少なくなってくる。

岩田
回転ずしでお寿司を握ってるおじちゃんたちとか、

野口
まさに。

岩田
そんな感じですか。

野口
と思います。それこそ回転ずしに押されて客足が遠のいていって、結果、働く場所がなくなった。でも回転ずしが高い給料をくれるなら背に腹は変えられないですよね。
でもそこで働いてると技術レベルが落ちていっちゃうんで、それはよくないんじゃないのって僕は思ってる。

岩田
そうですね。
いろいろな業界で今起きてる現象ですよね。

野口
と思います。

農家さんから直に買う


野口
もちろんこんなこと言ってるけど効率は求めなきゃいけないので、全部はやれないけどここは重要なんじゃないっていう、自分の中で決めてるものを教えていく。かつ、もっと深く知りたいならそれは自分で勉強しなきゃダメだっていうのを言って、もしやりたいっていうなら、他の人たちが休んでる時間、俺と君の趣味としてやろう、と。
それを昔は仕事としてやってたんだけど、そこをお互い納得しないと、今は労働時間というルール上、やれないから。
(奥さんの麻衣さんに向かって)…どうだろう?

野口 麻衣(以下、麻衣)
その、料理人としての技術だけを教えたいっていうわけではなくて、サービスも提供しないといけない。例えば表で話せる人がいないと、とか。料理が美味しいだけじゃ生きていくことはできないんだよっていう、そういう意味で人を育てたいっていう。

奥さんの野口麻衣さん。

野口
そうですね。さっきの話で、職人としての技術は高くても負けちゃうんで。
経営のセンスもないと生き残っていけない。

岩田
経営のセンスっていうのは、どう捉えて育てるものですか。

野口
僕がみんなに言ってることは、「応援したくなる人になれば、人は来るよね」って。
たとえばの話ですが、相手が牛肉を作ってる農家さんだとするじゃないですか。基本的に市場に牛肉を卸してるじゃないですか。そこへ僕が行って農家さんと顔を合わせて「牛肉を買いたいんです」って言う。
僕は値切りってしたことないんですよ。

岩田
ああ。

野口
「市場にいくらで卸してるけど、直接取りに来てくれてるからいくらにしてあげるよ」とか言ってくれるんですけど、「いや、一緒でいいですよ」と。
それはなんでかっていうと、その農家さんに利益を取ってほしい。市場に卸す中間マージンがないんで僕に売る方がその人にとって得なんですよ。あと、僕もその人から買ったほうが得なんですよ。

岩田
同じ値段でも、ですか?

野口
同じ値段だとしても。
なぜかというと、目の前でお金っていうのは発生してないけど、その人に対してよりいいものを出そうとするんですよ。

岩田
確かに。

野口
市場で買うと生産者との会話はないので。
だったらよりいいものを、せっかく来てくれたんで、って。
なおかつわざわざ値引きできるのに「値引きはいらない」って言われた以上は、よりいいものを選択してくれるんですよね。

岩田
そういうふうに農家さんからの直購入はけっこうやられてるんですか?

野口
ほとんどですね。今、8割以上。

岩田
へえ。


後篇に続きます。

この記事のライター WRITER

岩田和憲

グラフィックデザイナー。言葉と写真もデザインも同じものとして扱っています。元新聞記者。元カメラマン。岐阜県出身。 https://www.iwata-design.com/